家族の中で、俺だけ通知が来ない

轟ゆめ

通知が来ないのは、俺だけだった


 家族のグループLINEがある。

 母、父、妹、そして俺。


 四人全員、ちゃんと入っている。

 少なくとも、名前の上では。


 それなのに、俺だけ通知が来ない。


 最初は気のせいだと思っていた。

 スマホの調子が悪いとか、

 通信環境とか、

 そういう、よくある理由だ。


 でも、違った。


 それに気づいたのは、夕飯の途中だった。


「明日、外食だからね」


 母が、何でもないことのように言った。

 父はテレビを見たまま頷き、

 妹は「やった」と声を上げる。


 俺だけが、箸を止めた。


「……それ、初耳なんだけど」


 一瞬、空気が止まった。


「え?」


 母が振り返る。


「言ったよ。LINEで」


 そう言って、スマホを操作する。

 慣れた手つきで、画面をこちらに向けた。


《明日、外食にします》


 既読は3。

 母、父、妹。


 俺の名前だけが、ない。


 喉の奥が、少しだけ詰まった。


 慌てて自分のスマホを確認する。

 通知はない。

 トークを開いても、何も増えていない。


「来てない」


 そう言うと、妹が俺の肩越しに覗き込んだ。


「通知オフにしてるんじゃない?」


「してない」


 設定を開く。

 音も、バナーも、ロック画面も、全部オン。


「まあ、いいじゃない」


 父が、画面から目を離さずに言った。


「どうせ家にいるんだから」


 その言葉が、なぜか胸に残った。


 どうせ。


 それは、前提だ。

 選択肢の話じゃない。



 それから、同じことが何度も起きた。


 旅行の日程。

 法事の集合時間。

 母の誕生日ケーキをどこで買うか。


 全部、俺だけ知らない。


 毎回、誰かが言う。


「え、言ってなかった?」

「LINEに送ったよ?」

「ちゃんと見てないだけじゃない?」


 責める口調じゃない。

 だから、余計に言い返せなかった。


 怒られているわけじゃない。

 忘れられているわけでもない。


 前提から外れているだけ。



 ある夜、風呂上がりに妹に聞いた。


「俺さ、グループから消えてない?」


「は?」


「名前、ちゃんとある?」


「あるある」


 妹は笑いながらスマホを差し出した。


 そこには、四人分の名前。

 確かに、俺もいる。


 ただ一つ、違和感があった。


 俺の名前だけ、

 少しだけ色が薄い。


「これ、何?」


「何って?」


 妹は不思議そうに首をかしげる。


「同じでしょ」


 妹の画面では、同じに見えるらしい。


 自分のスマホを見る。

 そこでは、俺の名前は普通の黒だ。


 同じ家族。

 同じグループ。

 でも、見えているものが違う。


 その事実が、妙に静かで、怖かった。



 母に聞いたのは、その翌日だった。


「俺さ、LINEの通知、来てないんだけど」


「ああ」


 母は、一拍だけ間を置いた。


「別に、急ぎじゃないし」


「でも、家族の話だよ」


「うん」


 母は食器を拭きながら、言った。


「あなた、聞かなくても大丈夫な人でしょ」


 その言葉で、全部が腑に落ちた。



 通知が来ない理由は、

 嫌われているからじゃない。


 大事にされていないからでもない。


 「抜けても成立する人」

 として、扱われているだけだ。


 それは、信頼に似ている。

 でも、信頼とは少し違う。


 放っておいても壊れない、

 と思われている存在。



 その夜、家族のグループLINEに、

 俺は初めて、自分からメッセージを送った。


《了解です》


 たった、それだけ。


 しばらく待ったが、誰も反応しなかった。


 既読は3。

 やっぱり、俺だけ通知が来ない。


 でも、そのとき、少しだけ楽になった。


 確認しなくていい。

 期待しなくていい。


 呼ばれない席に、

 自分から座ろうとしなくていい。



 通知が来ないのは、

 俺が家族じゃないからじゃない。


 家族が、

 俺を含まなくても完成しているだけだ。


 そしてそれは、

 きっと、どこの家にもある。


 言葉にされないまま、

 既読にすらならない人の話だ。

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2025年12月24日 21:00

家族の中で、俺だけ通知が来ない 轟ゆめ @yume_todoroki

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