第24話 勇者対修理屋。伝説の聖剣VS店先にあったホウキ(修復済み)

「オラァァァッ!! 死ねぇぇぇッ!!」


勇者ブレイドの絶叫とともに、漆黒の魔力を纏った聖剣(鞘に入ったまま)が振り下ろされる。

それは剣術と呼ぶにはあまりに粗雑で、ただの暴力的な一撃だった。

だが、そこに込められたエネルギーは尋常ではない。

直撃すれば、城壁すら粉砕するほどの破壊力が、俺の頭上へと迫る。


対する俺、ルーク・ヴァルドマンが構えているのは、店先で毎日使っている掃除用のホウキだ。

柄はただの木製、穂先は藁(わら)。

どこからどう見ても、伝説の聖剣と渡り合える武器ではない。


だが、俺にとっては十分すぎる「相棒」だった。


「【修理・硬度固定】!」


俺はホウキに魔力を通し、一瞬だけその強度をダイヤモンド以上に引き上げる。

ガギィィィンッ!!!

耳をつんざくような衝撃音が、半壊した店内に響き渡った。


「な、なんだと……!?」


ブレイドが目を見開く。

彼の全力の一撃を、俺はホウキの柄一本で受け止めていた。

ミシミシと床が悲鳴を上げ、俺の足が数センチほど地面にめり込むが、ホウキには傷一つついていない。


「力任せだな、ブレイド。道具ってのは、そうやって使うもんじゃない」

「うるさいッ! なぜだ、なぜホウキ如きで俺の剣が止まるんだよぉぉッ!」


ブレイドは狂ったように連撃を繰り出した。

ブンッ、ブンッ、と空気を引き裂く音。

俺はそれを、最小限の動きで捌いていく。


右からの薙ぎ払いは、ホウキの穂先で受け流す。

藁の弾力性を【修理・反発強化】で最大化し、衝撃を殺すクッションとして利用するのだ。

上段からの叩きつけは、柄を斜めに差し込んで軌道を逸らす。

突きに対しては、回転させたホウキで絡め取り、勢いを殺す。


「ちょこまかと……! 正々堂々と戦え!」

「お前が言うか? 店の中で暴れる強盗が」


俺は冷静にブレイドの動きを観察していた。

彼の動きは速い。力も強い。

魔王の瘴気によって肉体のリミッターが外され、人間離れしたスペックを発揮している。

だが、それだけだ。


「軸がブレてる。足元がお留守だ。呼吸が乱れてる。……メンテナンス不足のポンコツ機械と同じだな」


俺の目には、ブレイドの身体に浮かぶ無数の「故障箇所(エラー)」が見えていた。

無理な力の行使によって悲鳴を上げている筋肉。

魔力の過剰供給で焼き切れそうな神経回路。

そして何より、嫉妬と劣等感でズタズタになった心。


「直してやるよ。まずは、その無駄な動きからな!」


俺はブレイドの剣を弾いた反動を利用し、一歩踏み込んだ。

攻撃ではない。

あくまで「修理」のための打撃だ。


「そこだ! 【修理・歪み矯正】!」


パコーン!


「ぐべっ!?」


俺のホウキの柄が、ブレイドの右肩を正確に打ち抜いた。

骨を折るほどの威力ではない。

だが、脱臼しそうになっていた関節の位置を、正しい場所へと強引に押し戻す一撃だ。


「次! 腰が入ってないぞ!」


スパンッ!


「あがっ!?」


今度は脇腹。

強張っていた筋肉をほぐすように、的確な衝撃を与える。


「膝が伸びきってる!」


カッ!


「いっ、てぇ……!」


膝裏へのローキック代わりのホウキ攻撃。

俺はリズム良く、踊るようにブレイドを叩いていく。

叩くたびに、彼の身体から黒い瘴気が「プシュッ」と霧散していくのが見えた。


「な、なめるな……! 俺は勇者だぞ! 貴様ごときに、こんな……!」


ブレイドは涙目になりながら、バックステップで距離を取った。

屈辱で顔が真っ赤になっている。

聖剣を持ちながら、ホウキを持った元雑用係に一方的に叩かれているのだから、無理もない。


「ガラハド殿、あれは……」


店の入り口で見守っていた賢者ソフィアが、呆然と呟く。

隣で腕組みをしている元剣聖ガラハドさんは、ニヤリと笑っていた。


「見事なもんじゃ。主は、ブレイドを『倒そう』とはしておらん。あやつの身体に染み付いた悪い癖と、憑依している魔の気配だけを、ピンポイントで叩き出しておる」

「そんなことが可能なのですか? 戦闘中に?」

「普通の剣士には無理じゃな。だが、主は『修理屋』じゃ。相手を『直すべき対象』として見ておるからこそできる、神業じゃよ」


ソフィアはゴクリと喉を鳴らした。

かつて自分たちが見下していたルークの背中が、今はとてつもなく大きく、遠い存在に見えた。


「くそっ、くそっ、くそっ!!」


ブレイドは焦っていた。

当たらない。

自分の攻撃は全て空を切るか、いなされるかだ。

対して、ルークのホウキは、まるで自分の動きを予知しているかのように、防御の隙間を縫って飛んでくる。

しかも、叩かれるたびに身体が軽くなり、頭がスッキリしていくような奇妙な感覚があった。

それがまた、彼を苛立たせた。

「助けられている」という事実を認めたくないからだ。


『……何を遊んでいる。力を解放しろ』


再び、脳内にあの声が響いた。

魔王の囁きだ。


『お前にはまだ奥の手があるだろう? あの小僧ごと、この店を消し飛ばしてしまえ』


「奥の手……」


ブレイドの瞳孔が開く。

そうだ。俺にはアレがある。

勇者だけが使える、最強の必殺技。

本来は聖剣を抜いて放つものだが、今の瘴気まみれの魔力なら、鞘に入ったままでも強引に発動できるはずだ。


「ルークぅぅぅッ!! これで終わりにしてやる!!」


ブレイドが剣を掲げた。

その刀身(鞘ごと)に、部屋中の闇が集束していく。

黒い稲妻がバチバチと迸り、床の瓦礫が重力に逆らって浮き上がる。


「主よ、まずい! あれは勇者剣『グランド・クロス』の暗黒版じゃ!」


ガラハドさんが叫ぶ。

勇者剣。

光の魔力を十字に放ち、広範囲を浄化・消滅させる最大奥義。

それを闇の魔力で放てば、浄化ではなく「崩壊」の嵐が吹き荒れることになる。

この狭い店内で撃てば、店はおろか、俺たち全員が消し飛ぶ威力だ。


「ハハハ! 消えろ! 塵になれ! 『ダークネス・クロス・ブレイク』!!」


ブレイドが剣を振り下ろした。

漆黒の十字架が、俺に向かって放たれる。

空間そのものを削り取るような、圧倒的な質量の暴力。

逃げ場はない。


だが。

俺は逃げなかった。

むしろ、ホウキを構えて一歩踏み込んだ。


「掃除の時間だ」


俺の目には、迫りくる闇の十字架の「構造」が見えていた。

魔力の密度、流れ、そして中心にある「核」。

どんなに強力な攻撃も、構築された術式である以上、そこには必ず「継ぎ目」がある。


俺はホウキを逆手に持ち替え、穂先を前に突き出した。

魔力を全開にする。

イメージするのは、頑固な汚れを一拭きで拭い去る、最強のクリーナー。


「【修理奥義・空間浄化(クリーン・アップ)】!!」


俺のホウキが、闇の十字架の中心を突いた。


ズガァァァァァンッ!!!


閃光と爆音が炸裂する。

ソフィアが悲鳴を上げ、ガラハドさんが即座に防御結界を展開して彼女とリリスを守る。


光と闇が拮抗する。

ブレイドの必殺技は、俺のホウキの穂先に受け止められ、そこで渦を巻いていた。


「な、なんだと!? 俺の最強技だぞ!?」

「ただのエネルギーの塊だろ! 分解して掃除すれば、何も残らない!」


俺は歯を食いしばり、さらにホウキを押し込んだ。

ホウキの穂先一本一本に付与した『分解・拡散』の術式が、闇の魔力を細切れにし、無害なマナへと還元して大気中に散らしていく。


「消えろぉぉッ!!」


俺は気合と共にホウキを払い上げた。

ブワッ! と強風が吹き荒れ、黒い十字架は霧散した。

店内に残ったのは、舞い上がる埃と、呆然と立ち尽くすブレイドだけ。


「う……嘘だ……」


ブレイドは膝から崩れ落ちた。

全力を出し切った虚脱感と、信じられない現実の前に、彼は剣を取り落とした。

カラン、と乾いた音がして、聖剣が床に転がる。


勝負あり。

誰の目にも明らかだった。


俺は肩で息をしながら、ゆっくりとブレイドに歩み寄った。

ホウキの穂先は焦げてボロボロになっていたが、柄はまだ折れていない。


「……満足したか、ブレイド」


俺が見下ろすと、ブレイドは焦点の合わない目で俺を見上げた。

その目から、紫色の光は消えていたが、代わりに深い絶望の色が広がっていた。


「……なんでだ。なんで、勝てない……。俺は勇者なのに……選ばれたはずなのに……」

「お前が弱いからじゃない。お前が『自分』を見ていないからだ」


俺はしゃがみ込み、彼の胸倉を掴んだ。


「お前はずっと、勇者という肩書きや、聖剣という道具、そして周りの評価ばかり気にしていた。自分の本当の実力や、仲間の大切さから目を逸らしていた。だから、肝心な時に足元が崩れるんだ」

「……」

「俺はお前をメンテナンスする時、いつも思ってたよ。素材はいいのに、使い方が荒いなってな。……もっと自分を大事にしろよ、バカ野郎」


俺の言葉に、ブレイドの目から涙がこぼれた。

悔し涙か、それとも安堵の涙か。


だが、これで終わりではなかった。

ブレイドから離れたはずの「闇」が、まだ消えていなかったのだ。

床に転がった聖剣。

その鞘から、どす黒いヘドロのようなものが溢れ出し、意思を持ったように蠢き始めた。


『……使えん奴め』


低い声が、今度は誰の脳内でもなく、物理的な振動として響いた。

ヘドロは集束し、人の形をとり始めた。

それは、ブレイドの影から生まれた、もう一人のブレイド――いや、魔王の分身体だった。


「ひぃっ!? な、なんだあれは!?」

「魔王の……思念体!?」


ソフィアが叫ぶ。

黒い影は、床に落ちている聖剣を拾い上げた。

ブレイドには抜けなかったその剣を、影はいとも容易く引き抜いた。


ジャキィィィン!!


現れた刀身は、かつての白銀ではなかった。

赤黒く変色し、禍々しい血管のような紋様が浮き出た『魔剣』へと変貌していた。


『勇者の器が壊れたなら、この剣だけ頂いていくとしよう。我が本体の糧とするためにな』


影の魔王は、不気味に笑いながら剣を構えた。

その切っ先は、へたり込んでいるブレイドに向けられている。


『用済みだ。死ね、元勇者』


「ブレイド!!」


俺は叫び、ホウキを構えて飛び出した。

だが、距離がある。間に合わない。

ブレイドは動けない。

死の刃が振り下ろされる――。


その時。

ブレイドの身体が、勝手に動いた。

いや、彼の中に眠っていた、戦士としての本能が、彼を突き動かしたのかもしれない。

あるいは、ずっと彼を支えていた『ある物』が、最後の力を振り絞ったのか。


ガキンッ!!


金属音が響く。

ブレイドは、腰に差していた『量産品のナマクラ剣』を抜き放ち、魔剣の一撃を受け止めていた。


「ぐぅぅぅッ!!」


重い。

骨が軋むほどの重圧。

相手は魔王の分身。武器は腐っても聖剣(魔剣化)。

対するブレイドは満身創痍で、武器は安物。

どう見ても防ぎきれるわけがない。


だが、ブレイドは引かなかった。


「……俺の……剣だ……!」


彼は血を吐きながら吼えた。


「それは俺の相棒だ! 返せ! 汚い手で触るなァァァッ!!」


その叫びに応えるように、彼の手にあるナマクラ剣が、微かに光った気がした。

いや、違う。

俺には見えた。

そのナマクラ剣にも、俺がかつて施した『微細な調整』の痕跡が残っていたことを。

そして、ブレイド自身が、無意識のうちに俺の教えた『力の流し方』を実践していることを。


「ルーク! 手伝え! こいつをぶっ壊すぞ!!」


ブレイドが俺を見て叫んだ。

初めて、命令ではなく、対等な仲間としての共闘要請。


「……へっ、人使いが荒いな!」


俺はニヤリと笑い、ホウキを捨ててハンマーを取り出した。

修理屋の本領発揮だ。


「ソフィア! 援護だ!」

「ええ! やらせないわ!」


ソフィアが『賢者の杖・改』を構え、無数の光弾を影に浴びせる。

影が怯んだ隙に、俺とブレイドが同時に踏み込んだ。


「うおおおおッ!!」

「どけぇぇぇッ!!」


ブレイドがナマクラ剣で影の剣を弾き上げる。

空いた胴体に、俺が滑り込む。


狙うは、魔剣と化した聖剣の「核(コア)」。

そこに巣食う魔王の瘴気を、物理的に叩き出す!


「【修理・悪霊退散】ッ!!」


ドォォォォォンッ!!!


俺のハンマーが、魔剣の刀身を直撃した。

破壊音ではない。

浄化の鐘のような音が響き渡り、剣から黒い影が弾き飛ばされた。


『グオオオオオッ!?』


影は霧散し、断末魔を残して消滅した。

そして、宙を舞った聖剣が、床に突き刺さる。


シーンと静まり返る店内。

そこには、赤黒い色が抜け落ち、元の白銀の輝きを取り戻しつつある聖剣と、折れたナマクラ剣を握りしめて立ち尽くすブレイドの姿があった。


「……はぁ、はぁ……」


ブレイドは肩で息をしながら、床に刺さった聖剣を見た。

そして、俺を見た。


「……助かった」


素っ気ない言葉。

だが、そこには確かな信頼があった。


「礼は金貨で頼むよ。店の中、めちゃくちゃだからな」


俺が軽口を叩くと、ブレイドは力なく笑い、そのまま糸が切れたように後ろに倒れた。

俺はとっさに彼を支えた。


「……少し、寝かせろ。……疲れた」

「ああ。ゆっくり休め。……お疲れさん、勇者」


俺は彼を床に寝かせ、大きく息を吐いた。

長い一日だった。

だが、ようやく一番厄介な「故障品」の修理が、完了した気がした。


聖剣は静かに輝いている。

だが、その刀身には、まだ微かなヒビが残っていた。

これは、俺とブレイド、二人で直していくしかない傷なのだろう。


(第24話 終わり)

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