君は、知らない【カクコン11短編フェス①】

🐉東雲 晴加🏔️

君は、知らない







「早崎先輩さようならー」


「ご指導有難うございました!」と後輩達の元気な声を背中に聞きながら、「はい、さようなら」と返して道着をたたむ。


 高校三年生の十二月なんて、他の三年生はとっくに引退して、それぞれ皆新しい方向に歩みだしている。けれど伊織いおりは後輩指導という理由をつけて、いまだ部活に籍をおいていた。 


 高校のネームの入ったブルゾンを着て外に出ると、吐く息が白い。ちらちらと白いものが空から時折落ちてくる。


「お疲れ」


 武道場の入口で空を見ていたら、唐突に後ろから声をかけられた。

 声の主は振り返らなくても解る。自分と同じく、三年の今になっても足繁く部活に顔を出している男。


「……寒いと思ったら雪じゃん。伊織、コンビニ寄ろうぜ」


 肉まん喰いたい、と言う賢征けんせいに伊織は呆れた声を出した。


「あんた、部活前もパン食べてたじゃん。そんな事してたらウェイト増えるよ?」

「……高校の競技は終わったし、ちょっと位いいだろ。それに、体重は一グラムも増えてねぇし」


 奢ってやるから行こうぜ、と言われてしまっては、特に断る理由もなかった伊織はポニーテールを揺らしながら賢征のあとについて行った。






 冬に身体を動かしたあとの、温かそうに湯気の上がる肉まんは、なんでこんなに罪深い味がするのだろう。


 さっきまで賢征の買い食いに物申していたのに、ひとくち口に入れてしまえば、もうその旨さに囚われてしまう。しかも、自分の財布が痛まないとなれば尚更。


 賢征は肉まんを頬張る伊織を、なんだか満足そうに眺めていた


「まさか、大学まで一緒だとはなー」


 俺達もう何年一緒にいるよ、と賢征が笑いながら隣で白い息を吐いた。

 高校最後のインターハイで、男女優勝と準優勝を決めた賢征と伊織はともに推薦を受け、早々に大学への進学を決めていた。


 小学生の頃から同じ高みを目指していた二人は、また学び舎を四年間共にする。


 スポーツ推薦で大学を決めた二人は、四月をまたずして、春休みになれば練習漬けの日々が始まるだろう。いまだ部活に顔を出しているのも身体が鈍らないようにするためだが、大会も全て終わり、大きな目標のない練習は身体に満ちる何かが足りない気がした。


「大学、家から通えるしね」


 最後のインターハイで、結果は残せたけれど、結局賢征の成績は越せないまま。

 悔しくもあったけれど、その背中を追いかける期間が伸びたことは、伊織にとっては有り難かった。


「負けないよ」


 今度は、同じ高さの表彰台で笑い合うんだ。


 インターハイ前までは張りつめた糸みたいだった伊織が、挑戦的に笑う顔に、賢征は一瞬惚けたような顔をした。

 その反応に首を傾げた伊織に、ゆるゆると賢征の唇が持ち上がっていく。


 賢征は残りの肉まんを口に放り込むと、肉まんの入っていた紙袋をくしゃりと握りしめた。


「俺さ、大学行ったら、全日本大学選手権四連覇する」

「はぁ!?」


 あまりの大口に、伊織はあんぐりと口を開けて思わず持っていた肉まんを落としそうになった。


 確かに、賢征はインターハイ優勝者で、大学へ行っても勝つポテンシャルはあるだろう。けれど、同じ様に大学に進学し、高みを目指して日々研鑽を積んでいる先輩方が三学年もいるのだ。しかも全国に。

 どんなに賢征に才能があったって、そんな荒唐無稽な事が簡単にできるはずがない事は賢征が一番わかっているだろうに。


 けれど、賢征は子どもの頃から変わらない勝ち気な顔で伊織に笑ってみせた。


「……もし、もしさ。俺が本当に四連覇したら。伊織に聞いて欲しいお願いがあるんだけど」


 そう言って伊織を見つめた賢征の目は、子ども時代から彼を知っている伊織でも見たことのない熱がこもっていて。あの夏の大会で、彼と目が合った時のような胸の音がした。


 彼は、こんな目を今までしていただろうか? そこに居たのは、まるで伊織が知らない男の子のようで――


「……お願いって何」


 最早腐れ縁と言ってもいい賢征と同じ場所に進学することは、今までの生活が変わりなく続くことだった。

 でも、もしかしたら。ここから先の未来は、なにか違うのかも知れない。

 伊織の声が震えたのは、寒さのせいではなかったけれど、読めなくなってしまった賢征との間合いに、鼓動が勝手に駆け足になる。


「……四連覇したら言う。それまで、また一緒に頑張ろうぜ」


 これから四年、また一緒だしな、といつもの賢征の顔で拳を突き出してくる。伊織はその顔にほっと安心して、「うん」と笑って拳を合わせた。


 咀嚼した肉まんが胃に落ちて、体の中心でカッと燃える気がする。タンパク質って、エネルギーに変わるって本当なんだなぁ、なんてとりとめのないことを思ったりして。


「なあ……二十五日、ちょっと付き合えよ」


 とっくに肉まんを食べ終わって伊織が食べきるのを待っていた賢征が、空に向かって唐突に言った言葉に、伊織は直ぐに返事を返した。


「いいけど。……なに? 練習?」


 きょとんと首を傾げた伊織に、賢征は「ちげーよ!」と可笑しそうに笑った。

 その後も「お前はいつまでたっても鈍いな」とか、「俺より脳筋かよ」と笑うから。腹が立って「何なのよもう!」と思わず回し蹴りが出た。


 それも、賢征には綺麗に受けられてしまったけれど。蹴りを受けたあとに触れた賢征の大きな手はやけに熱くて。



 彼がその瞳に宿した熱の正体が、想いが、何と言う名なのかを。彼女は未だ、知らない。



 空から降り積もった雪が、気がつけば世界を白く塗り替えていた。




❖おしまい❖


2025.12.18 了







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