私の大切なお嬢様が「お前を愛する事はない」と鉄仮面クソ野郎に言われたので殴ってみた

華洛

私の大切なお嬢様が「お前を愛する事はない」と鉄仮面クソ野郎に言われたので殴ってみた


「潤いが欲しい!!」


 私は叫んだ。

 心からの叫びなのに、誰一人として私に意識を向けてくれない。

 この職場……冷たすぎない?


 ――ここは冥界。

 地上の時の流れとは無縁で、永遠の夜が支配する昏い世界。

 生者が最後に辿り着く場所だ。

 私はこの冥界で、日々汗水を流して一生懸命働いている……つもりなのに。


 補佐官の一人が、大きな溜息を吐きながら面倒くさそうに言った。


「分かりました。加湿器を用意しましょう」


「誰も乾燥の話はしてないよッ!」


「……化粧液の方でしたか」


「私の肌はピチピチだよ!」


「それ、死語ですよ」


「いいじゃん。ここは冥界――生きとし生けるものの最終到着点。死語も現役の言葉だよ」


 冥界では魂は乾かないけれど、心は普通に乾く。

 こればかりは、どれほど永い時を過ごしても慣れない。

 やっぱり潤いが……欲しい。

 つまり、(私にとって都合のいいかわいい)女の子を愛でたい。


 決めたからには即実行。

 下手に時間をかけたら、優秀な補佐官たちが確実に邪魔してくる。


「私、地上へ遊びに行くから、後はお願いするね、エンマ君」


「はあっ!!」


 名を呼ばれた青年――エンマ君は、この冥界裁庁で最も堅物な裁定官だ。

 一部の地域で『閻魔大王』と呼ばれる存在は、実は彼のこと。

 真面目で、勤勉で、凡人の百倍くらい働く優秀な部下。

 だから私は安心して続けた。


「大丈夫、大丈夫! エンマ君はとっても優秀だから、私の代わりを百年ぐらい務められるよっ」


「冥王様!!」


 冥王。それが私の役職であり、名前だ。

 本来なら厳粛で恐れられる存在――らしいけど、そんなの性に合わないし、そもそも暇だし。

 エンマ君になら譲ってあげてもいいのに、毎回断られている。ぐすん。


 窓を開け放ち、私は勢いよく昏い空へ飛び出した。

 右手に魔力を溜め、人間界と冥界の境界を殴りつける。

 空がガラスのように罅割れ、一部が砕け散った。

 割れた隙間から、光に満ちた地上へ私は飛び出す。


 ――そこで重要なことを思い出した。

 突発的な行動だったせいで、私、地上のお金……持ってないや。


 しかたない。

 無銭飲食なんてしてバレたら、エンマ君に小姑のように小言を言われること間違いなし。


 ここは、趣味と実益を兼ねた働き口を探そう!!




///お嬢様・視点///




『レミリア様。申し訳ございません。本日で辞めさせていただきます

(――こんな化け物と一緒にいられるか――)』


 数日前、そう言い残して、また使用人が一人去って行った。


 侯爵家令嬢、レミリア・シェルドラ。

 それが私の名前。


 私は生まれた時から、魔法では説明がつかない『異能』を持っていた。

 一つ目は魔眼――他者の思考を読むことすら可能なほど、深く観察できる力。

 二つ目は、ほんの少しだけ未来を視る力。


 そんな力を持つ私を、両親は忌避した。

 シェルドラ侯爵家の別邸へと閉じ込め、表向きの「家族」として扱うこともなかった。


 最低限の親としての義務なのか、始めのうちは十人以上の使用人がいた。

 彼らが私の力を知り、良かれと思って不運な未来を教えてあげると、ひとり、またひとりと辞めていき、残ったのは老齢のマーナひとりだけになってしまった。


 侯爵家の別邸だけあって、それなりに広い。

 一人では……まして高齢の使用人一人では、とても屋敷を回し切れない。


 しかたなく私は、両親に新しい使用人を送ってもらうよう手紙をしたためた。

 数日後、両親から返信が届き、どうやら王城の方から人員を派遣してくれるらしい、と書かれていた。


 そして――手紙が届いた翌日、新しい使用人がやって来た。


 この国では珍しい黒髪黒目。

 それなのに、肌は雪のように白い。


「今日からお仕えすることになりました。メイヤと申します。以後、よろしくお願いします♪」


 魔眼が発動する。

 ――なのに、何一つとして思考を読めない。

 それどころか、無数の眼がメイドの後ろに顕れ、私を観察し始める。


「ダメですよ、お嬢様。初対面の相手に、そんなことをしたら!

 曰く、深淵を覗くときは同じように覗かれていると言います。

 それと同じです。相手を見るということは、見られているということを意識しないといけません!」


 指を立て、まるで教師が生徒に諭すかのようにメイドは言ってきた。

 私は絞り出すように、一言、目の前のメイドに聞いた。


「貴女――何者?」


 一瞬、キョトンとした顔をしたかと思うと、すぐに笑みを浮かべ、メイドは答えた。


「趣味と実益を兼ねて働く――どこにでもいるメイドさんです♪」




 王城から使用人が来て、半年が経った。




「うーん、お嬢様って、清々しいまでの雑魚ですねー」


「…………私、このゲームでは王立学園では無敗だったのよ。貴女が強すぎるのよ」


 シェルドラ侯爵家別邸の中庭の一画、屋根付きのドームの中。

 テーブルの上には、オセロと呼ばれる卓上ゲームがある。

 盤面は8×8の正方形で、白い石一色。


 運要素がなく、完全に戦略と読み合いの勝負。

 だから私は王立学園では無敗だった。

 決して私が弱いわけじゃない。


「それにしても、この世界にもオセロってあるんですねー」


 ……この世界?

 なんだか別世界から来たような物言いよね。


「――王立学園のころ、平民の娘が考案したゲームよ」


「へぇ」


「その娘は、今は牢獄だけどね」


「いや、なんでですか!?」


「卒業式で、公爵令嬢に濡れ衣を着せようとしたの。バカ王子と取り巻きも盛大に乗っかった上に、バカ王子は婚約破棄を言い出したのよ」


「……うわぁ。是非、その場面を実際に見たかったです!」


「公爵令嬢はかなりの切れ者で、全て論破したうえで逆婚約破棄をして、バカ王子の弟と婚約したわ」


「悪役令嬢系ライトノベルじゃあないですか!」


 悪役令嬢系ライトノベル?

 このメイドの言っていることは、たまに理解できないことがある。


 そんな昔話はどうでもいい。

 今はプライドにかけて、このメイドを絶対に負かす。


 再戦を行なおうとしたところで、来客用のベルが鳴り響いた。

 メイドは「ちょっと行って来ますねー」と、まるで瞬間移動のように消え、十分もしないうちに再び現れた。


「お嬢様。王城より速達が来ました」


「……」


 なぜか嫌な予感しかしない。

 メイドから受け取り、封を解いて中身の手紙を読む。


「お嬢様? どうかなさいましたか」


「私の結婚相手が決まったみたい」


 思わず、ため息を吐いてしまう。

 ……貴族である以上、結婚をして子供を作るのは仕方ないのだけど。

 面倒くさい。


 両親は私を愛さなかった。

 使用人は誰も私を愛してくれない

 ……きっとこの婚約者もそうだ。


 それに――卒業式での大騒動で、愛というのは幻想なのだとハッキリと分かった。

 だから、私は期待もしないし、愛を望まない。




///メイド視点///



 王城から婚約の手紙が届いて、一週間が経った。


 王城にある貴賓室で、お嬢様は背筋を伸ばして座っている。

 平静を装っているけれど、心拍は少し早い。

 まあ……緊張するのは仕方ないですね。

 なんといっても、お見合いは人生を左右する最重要イベントですから。


 お嬢様の後ろに立ってしばらくすると、お嬢様のお相手がやって来た。


 ラウール・ディスヴォン公爵。

 通称、鉄仮面。

 全く動じない姿勢と表情から付いた綽名らしい。


 ……なるほど。

 確かに表情筋が仕事をしていない。

 顔立ちは整っているのに、感情という潤いが一切ない。


 魂の温度、低め。

 野心、そこそこ。

 誠実さ、形式的。

 優しさ……うーん、引き出しの奥深くにしまわれてますね、これは。


 鉄仮面公爵は入室すると、お嬢様の前に腰を下ろした。

 挨拶の一つもなく、彼は言った。


「先に言っておく。俺はお前を愛することはない」


 …………。


 …………あー。


 ……何を言っちゃってるんですか、このバカは!


 冥界で、私は数え切れない死者を見てきました。

 その中には、「愛することはない」と嘯いた人もいます。

 ただし――!

 その台詞を言って得をした人は、一人もいませんからねっ。


 お嬢様の表情は変わらなかった。

 でも、心は確かに動いた。

 小さく、鋭く。


 どんなに合理的で、強い子でも――。

 愛を拒絶されれば、心は傷つくのです。


 だから私は。


「はーーーーっ!!!」


 お嬢様が座るソファーを、私の身長よりも高く浮かせる。

 そのまま一歩前に出て、椅子に座る鉄仮面公爵の顔を殴った。


 鉄仮面公爵は面白いように吹き飛び、壁へ激突し、さらに奥へと消えていく。

 付き添いの執事が懐からナイフを抜き、私に襲いかかってきたけれど、

 一睨みすると、そのまま床に伏せました。


「全く! 私のお嬢様に対して、何を言ってるんですかっ」


 粉塵が舞う中、静寂。

 次の瞬間、かすかに震える声が聞こえた。


「……貴女、本当に何者なの……?」


 私は振り返って笑った。

 いつも通りの、メイドの笑顔で。


「お嬢様を愛している、ただのメイドですよ♪」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の大切なお嬢様が「お前を愛する事はない」と鉄仮面クソ野郎に言われたので殴ってみた 華洛 @karaku_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画