楽しいの形

青空一星

楽しいの在り処

世界は楽しいで満ちている! 散歩をするだけでも楽しいがあって、なんでみんなが下を向いてるのかわからない。もしかしたら下に面白いものでもあるのかも? それが今日の始まりでした!



「ラッキョちゃん、何してるの」


「下向いてるの!」


 私の友達、楽喜らっきちゃんはなんだかよく分からない子。話とか割と頻繁に通じないし、いつも笑顔で落ち着きがない。その笑顔でこっちも自然と笑顔にはなれるけど……。はぁ、考えすぎないくらいが良い距離感だ。


「そうなんだ。でも、講義もうすぐだから早めに行こうよ」


「そうだね! また見に来ることにする!」


「あっちょっ引っ張らないで」


 そう言ってからは早くって、あっと言う間に教室に着いた。講義の始まる三分前、教室にはまばらに人がいて、私たちの後からいそいそと入ってくる人たちもいた。

 もうすぐ授業が始まる。教室の空気が少しずつ、ちょっとの緊張感で固まっていってる気がする。講義の内容が徹夜明けの頭にどのくらい入るか分からないけど、今日分の課題ができるくらいには理解できたらいいなぁ。

 ラッキョちゃんは、しきりに床を眺めてる。さっきは地面だったけど、今日の関心先は地面? 床? それとも……、いや考えるだけムダか。


「ねえイシちゃん」


「どうしたの」


「ここからじゃ、さっきとおんなじの見えないね」


「……地面ってこと?」


「ううん。とげとげのやつ」


「とげ……、とげ?」


 私が少しの間フリーズしていると教授が教室に入ってきて、同時に授業開始のチャイムが鳴った。

 私は突飛に現れた単語に気を取られたまま、まともに講義の内容を理解できなかった。進まない思考のまま、重い頭を落とさないように時間を過ごした。


 チャイムが鳴り、教室から出る。今日の講義は一限だけ、朝から怠かったけど後はゆっくりできる。だから鉛みたいになった頭で聞いた。


「それで、とげとげって何なの?」


「とげとげ? あー! とげとげはね、ッわっと」


 前を向いて歩いていなかったからかラッキョちゃんは大袈裟に転けた。


「大丈夫?」


「うん! とげとげに当たっちゃったみたい」


「……とげとげ。それって」


 何なの? そう言おうとした時、急いで走って行く人が何人か見えた。


「ラッキョちゃんって二限目あるんだっけ」


「うんあるよ」


 二限開始まであと三分。ここから二限目の教室までにかかる時間、五分!


「じゃあ急がなきゃ!」


 教室に入ると既に授業は始まっていた、いやチャイム鳴ってたから知ってたけど。どうにか遅刻扱いにはならないくらいの時間でよかった。よくないのはなんでか私まで来ちゃったこと。この講義に興味も無いし、なにより眠たいのに! ……イライラしてきた。

 ラッキョちゃんはと言うと真面目に講義を受けている。一見おバカそうに見えて大学にまで来れてるのには、まぁちゃんと勉強してきたからなんだろうなと思う。将来は先生になりたいって言ってたし。

 立派な子だよなぁ。愛想、というか笑顔だって明るいし。私とは大違いだ、私なんて──


 ぼーっとしているといつの間にか講義が終わっていたらしい。ラッキョちゃんに肩をたたかれて意識がはっきりとした。


「ラッキョちゃん、私眠いから帰るね」


「うん! あっそうだ」


 ラッキョちゃんが何かを思い付いたように私を見遣ると、私の髪の毛を指で摘まんで引っこ抜くような動作をした。私が髪を抜かれた痛みで顔を歪ませようとすると、今度はその部分を撫で始めた。私は終始意味が分からなかった。

 ラッキョちゃんが「またね」と腕を振って遠くに歩いていった頃に、私に髪を抜かれた痛みなんかなくて、なんでか頭を撫でられた。その自覚が湧いてきた。


 私はもう考えないことにした。眠ろう。頭にほんのりのったあたたかさが私にそう頷かせてくれた。



 エナドリを飲んだ徹夜明け。地面に頭を突っ込んでるラッキョちゃんに出会した。どうして……、……。うん。


「ラッキョちゃん」


 呼びかけても返事はない。そりゃそうか、地中に頭があったら音も聞こえないかもだし。地面に頭突っ込んだことないから分からないけど。


「……」


 私は宙に突き出されているお尻を引っぱたいた。


「アイタあ!?」


 ラッキョちゃんは頭を勢いよく引き抜いた。地面に頭突っ込んだことないから分からないけど、そんな勢いよく抜いたら頭もげちゃうんじゃない?


「ラッキョちゃんだいじょうぶ? 首とか折れてない?」


「アー、うん! 大丈夫! 声出せるし多分平気!」


 ラッキョちゃんはパンパンと頭の土埃を払うとズイと私の方へ顔を近づけてきた。


「どうしたの?」


 ラッキョちゃんに見つめられる。


「元気ない?」


「元気……、エナドリ飲んだしだいじょうぶだよ」


「エナドリ……、うーむ」


 何か考えてる様子を見せたと思ったら、私の胸に手を置いてきた。なんか、あったかい。


「元気に、元気に、元気にな~~~あレッ」


 そう言って私の胸を軽く押すと、胸骨にちょっとの圧迫感となんとなくのあったかさが出てきた気がする。思いやりの気持ちってこんなにあったかいんだなぁ。


「イシちゃんはつかれてるみたいなので全治三日です! 一緒にお泊まり会でもしよ~」


「え゛っ……」


 急、急だなぁ。まあラッキョちゃんが急じゃなかった時なんかないか。うーん、でもなぁ。


「ちょっと一人でゆっくりしてみるよ。たぶんそっちの方が私に向いてるし」


 私はそう言って家に帰り始めた。後ろでラッキョちゃんが何か言ってる気もしたけど、ラッキョちゃんが走り出す前に走り出したからなんとか追い付かれずに済んだ。

 たしかにラッキョちゃんが言うみたいに私疲れてるのかも。ラッキョちゃんと話してるうちに講義あるの忘れちゃってたし。言われた通りゆっくり休むとするかぁ。


 大人しく、スマホとかちょっと見ながら布団でゆっくりと眠った。……窓が叩かれてる気がしたけど、気のせいだってことにした。



 ラッキョちゃんは割と常識が通じない時がある。一昨日窓を叩いてきたりしたのもその最たる例ではあるけど、ちょっと大きめの植木鉢? を被って部屋の前にいた時には度肝抜かされた。今のことだけど。


「イシちゃん! いる?」


「ラッキョちゃん、流石に警察呼ばれちゃうよ。ここアパートだし」


「あ! ごめん?」


 ラッキョちゃんはちょっと分かってないみたいだったけど、とりあえず植木鉢は外してくれた。……ちょっと土被ってるのは見ないことにしたい。


「なんでこんな時間に来たの?」


 なんでこんなことしたのか、なんてラッキョちゃんに聞くこと自体間違ってる。それより、深夜近い時間にバイト帰りの私を待ち構えてた方にちょっと怖さすら感じたんだ。


「えーとね、なんとなく!」


「……いつものことじゃん」


 知らないけど。

 私は観念してラッキョちゃんを家の中に入れることにした。たぶん一昨日家に入れなかったから拗ねてたんだろう。その割りにはお泊まり道具とか持ってないけど。


「ラッキョちゃん今日は泊まりに来たの?」


「えぇ! お泊まりしてもいいの!?」


「……違うの?」


 ……まぁ、私なんかがラッキョちゃんのこと理解できるわけないよね。

 ふぅ、と溜め息をつくとラッキョちゃんが私の頭を胸に抱き留めてきた。


「……ラッキョちゃん?」


「つかれてないかな~って思ったの」


「……そっか」


 ……あったかい。私はラッキョちゃんに抱き付き返して……、いつの間にか眠っていた。ラッキョちゃんはあの体勢のまま背中から倒れ込んで私を上にする形で眠っていた。

 何も考えてないみたいに見えて、ラッキョちゃんはずっと私を思いやってくれてる。私ももっと、ラッキョちゃんのこと、……想ってあげた方が良いのかもね。


 私はもう一度ラッキョちゃんを抱きしめるとラッキョちゃんの頭をべしべしと叩いて起こした。


「ラッキョちゃん、お風呂入るよ。昨日頭から土被ってたでしょ」


「う~む、……うん?」


 ラッキョちゃんは寝惚け眼で私を見るとにんまりと笑って


「一緒にお風呂入るの? お泊まりっぽくていいねぇ」


「あっ、違う。『入るんだよ~』って意味で一緒に入るわけじゃ」


「よしー! 入ろー!」


「あぁもう違うってばあああああ!!!!」



 私たちはお互い身体をきれいにした後、散歩に出掛けた。道中、あの日ラッキョちゃんが見てた地面の辺りを通り掛かった。


「そういえばラッキョちゃん、とげとげってなんだったの?」


「とげとげ?」


 ラッキョちゃんは少し頭を悩ませると、ぱっと笑顔を浮かばせた。


「あれね! とげとげじゃなくてバンバーンになったんだよ!」


「――なるほど、バンバーンね」


 意味なんか分からなかった。元々のとげとげの意味を示してるわけでもなくて、そればかりかバンバーンになったと言う。

 でもなんだか、それが楽しそうなことだっていうのはなんとなく分かった。ラッキョちゃんがこんな顔をしてるんだ、きっとよっぽど楽しいことなんだ。


「じゃあ私にも見せてよ、そのバンバーンってやつ」


「!!」


 ラッキョちゃんがここ最近で一番の笑顔になった。


「えへへっ。イシちゃん、すっごくバンババーン! だよっ!」


「なにそれっ、あははっ」


 意味なんか分からないけど、今楽しいからこの楽しいを堪能したいって思えた。ラッキョちゃんの手を取ってランラランとスキップしながら道を行く。

 深夜テンションだっていい、先のことなんて考えてなくたっていい。意味なんて出せない、形になんてできない、この“楽しい”が一番なんだ!


 後から恥ずかしさで悶えるんならきっと、それだって楽しいになるから。

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