フィンセントとエドヴァルド
槇本大将
森を描く人
―森が鳴いている
極彩色で、声の主を荒々しく表現した絵はどうだろう。紙の上に極彩色で絵の具をぶつけてみる表現は? それか、荒っぽく絵の具を塗りたくるか?
夏の森の情景を、暖色系の黄色、オレンジなんかの色で葉っぱの緑をきわだたせるようにして、暑さと音とを色で表現できないだろうか?
うだるような暑さの中、ダラダラと汗をたらしながら、画家は森の鳴き声を聞いている。
―ジュッ!
熱くなった鉄板で、肉が焼かれるときのような音を立てて、濃い緑からいきおいよく昆虫が飛び立つ。
画家はその羽虫を認め、これが音の正体かと驚く。
彼の視線は、飛び去るその羽虫の後を追いかける。
羽虫は、せわしなく羽ばたくと違う木に飛びついた。
画家は右腕を目の高さまであげて、カンバスに向き合う。
ジジジジっと音がするくらい力を入れて、細かく黒く右手の絵筆をふるわせるとさっき見た昆虫の雰囲気を音を描写する。
画家の額から汗が垂れて眉間につたうと、画家はうっとおしそうにまばたきをする。
眉間の汗が目にしみる。
画家は大きくまばたきを二度ほどする。
眉間からつたった汗が目の中に合流して画家の景色をにじませた。
一瞬たりとも彼の人生の時間を無駄にしたくない画家は、汗をぬぐうことさえもわずらわしがる。
そんな時間があったら絵筆をもうワンタッチ描き進めることが出来る。と、思っている。
そう、自分に言い聞かせている。
眼精疲労でヒリつく視界。
にじむ景色。
大きくため息を吸い込んで、吐き出すときに目をギュッとつぶった。
画家はまばたきで涙を殺した。
音さえもどうにか絵画に閉じ込めることが出来ないものかと画家は描きながら思いを巡らせる。
暑い森の鳴き声の正体がわかってもその音を絵画に閉じ込めることはかなわない。
しかし、出来ないことと、やらないということは違うことだと画家は自分を追い込む。
このジュっといった音の主を絵画に書き込まずとも音の表現を巧みに出来たらこの絵はきっと音をたてて鳴き出すに違いない。
ほとんど妄想に近い信仰心から画家の絵筆はカンバスをものすごいスピードで縦横に動く。
画家は絵の具を投げつけているのかと思うくらい素早く絵筆をカンバス上で動かして塗り付けてゆく。
荒々しい動きのある風景が画家自身の心の中の表現だ。
ヒリつく焦燥感。ざわつき焦る心のひださえも絵画の表現にしたい。
いや、しなくては。
と画家は自身を奮い立たせては、絵筆を動かす。
彼が画家を志したのは、ほかの作家よりも遅かった。
それゆえか、彼はいつも描いていなければ落ち着かなかった。
自分の人生にあと何枚描けるかという答えを知りえない問いをことあるごとに繰り返しては自身の精神を削って制作活動にいそしんでいる。
起きているほとんどすべての時間を描くことに費やしたとしたら満足なものが描けるだろうか。
自問自答しながら絵筆を動かす。
景色を観察しながら、答えのない問いを振り払うために絵の具をすくう。
問いかける時間さえも惜しいくらい自分には時間が残されていない。
カンバスに絵の具をぶつけていく。
画家は自らの焦燥感を色彩と筆跡にしてあらわす。
極彩色の絵は異彩を放つ。
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