番外編 ラーハルト〜焔の剣〜 第十四節之閑話・弐

 私と寝て下さい、と唐突に言った善子の顔を那美はまじまじと見返した。

 

「……」

 潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめて来る善子の表情からは嘘や冗談は感じられなかった。


「わかったよ、善子。でもあまりうるさくすると眠ったばかりの龍王院を起こしてしまって可哀想だから、静かに寝ようね」


 那美はそう言うと愛理華のコットに横になり、善子の頭を優しく撫でた。


 (何だか小学生の頃を思い出すような感じだな……。)

 以前、まだ那美が小学6年生だった時に篠山道場に母親に付き添われてやって来た善子は小学3年生だった。


 その頃の善子は那美のようにおさげ髪を左右に伸ばしていつもキツい目付きをしていて、意見が食い違うと男子や大人相手でも、上級生の那美に対しても

自分の方が那美よりも少しばかり背が高い事もあり、食って掛かって来るような負けん気の強い性格であった。

 

 そんなある日、稽古でのジョギング中に川沿いの土手を走っている時に近所の家から逃げ出した大型の犬が善子に吠え掛かって来たという事があった。

 激しい勢いで大きな吠え声を上げて今にも飛び付いて来そうな大型犬に、普段は誰に対しても威勢の良いはずの善子がすっかり怯えてしまい、涙を流して震え上がってしまった。


 そこに那美が駆け付け、吠え続ける犬に素早く近付くと、噛み付こうとする所を器用に躱して抑え込み、おとなしくさせてしまったのだ。


 自分と変わらない位の背格好なのにあんなに大きくて怖い犬を撫でながらこちらに笑顔を浮かべる那美に対して善子は、その時初めての恋心が芽生えて来たのを感じたのだ。


 それから善子は那美にすっかり心酔して稽古の時だけでなく学校でも事あるごとについて来ては甘えて来るようになり、那美への対抗心から始めていたサイドテールのおさげ髪を後ろで括ったポニーテールへと変えるイメージチェンジもして、周りの皆に対しても友好的に振る舞うようにもなって、まるで別人になったみたいだと噂されたりもした。


 そうやって仲良く楽しい毎日を過ごして行く中で善子は那美の家にお泊りに来るようになって、逆に那美の方が善子の家にお泊りに行くようになったりといった風に交流を深めていた。

 那美もそんな善子に対してまるで妹が出来たように感じていて、嬉しく思っていた。


(あの頃は2人で夜中まで楽しくお喋りして、そのうちに善子が眠くなって来て寝かし付けてあげるみたいになってたな……そうそうこんな風にふざけて触って来たりもして……って、ん……?)


 那美が善子の頭をなでなでしてあげながら昔の事を懐かしんでいるうちに、善子の左手が那美のTシャツの袖の中に入り込んで来ていた。

 どうもいつもと様子が違うな、と困惑している那美の胸を善子の手が撫で回す。


(こんな平ぺったい胸を撫でて何が楽しいのよ……)

 そう戸惑う那美をよそに善子の手は那美の胸の感触をじっくりと楽しむように動き回り、やがて小さな尖端を見付けると指の間に緩く挟み込んだ。


「……!」

 急に敏感な部分に触れられ、くすぐったさを感じた那美は流石にそれ以上触らせておく気になれず、頭を撫でていた手を止めると寝返りを打つように善子の手を振り払う。


 そんな那美の仕草に驚いたのか、善子は手を引っ込めると、動きを止めた。


 そうしてしばらく二人の間に沈黙が流れた。


 昔から甘えん坊で普段からよくじゃれ付いて来ていた善子が、いつもとは違う悪戯を仕掛けて来た事に戸惑った那美が黙ったままでいると、今度はショートパンツと下着の中に手が入り込んで来た。


 鼠径部を伝って真っ直ぐ股の間に滑り込んで来た善子の細い指が、那美の柔肉の割れ目を掻き分けて鋭敏な突端を撫で上げる。


「ちょっと善子、やめなさい」

 今度ばかりは黙っていられなくなった那美は善子の手を掴むとショートパンツから引っ張り出した。

 そして咎めるように善子の顔を睨むと、善子は顔を真っ赤に染めて息を荒げながら那美の方を見つめて来た。

 

 しっとりした艷やかな黒髪から漂って来るトリートメントの甘い香りに混じってフェロモンの蠱惑的な薫りも鼻腔をくすぐって来る。

 見慣れている筈の善子の顔がやけに色気を帯びていつもよりずっと可愛らしく見えて来てしまう。


(あ……コレはもしかしたら何だか危ない状況なのでは……?)


 今まで遭遇した事の無いような状況に混乱して来た那美の脳裏に、最近やたらと抱き着いて来たり、目が合う度に眩しい笑顔と熱い瞳で見つめて来る善子の姿が浮かんで来た。


 善子の事は嫌いでは無いしはっきりと好きだと言える。

 ただ恋愛感情とは違う感覚……一人っ子で兄弟姉妹が欲しかった、小さい頃からの那美の仲良し姉妹的な物への憧れから来る、妹分を可愛がってあげたいといった感情の筈だった。


 善子の方はと言うと、那美の事をただ上級生としてや道場の先輩としてだけでなく、まるで血の繋がった姉のように慕ってくれていると思える節があって、それを那美も素直に嬉しく感じていた。


 しかし今日のこの状況はそれらとはまた違った物のようだと那美には思えた。戦いに赴く時とはまた違う感覚で鼓動が早まって来るのも感じる。


 そうしてしばし那美と善子は見つめ合った後に、やがてどちらからともなく手を伸ばしてお互いの熱を帯びた頬に触れた。


「何やってんだテメーら」


 不意に冷たい声が聞こえて来て善子と那美の動きが止まる。

 声が聞こえて来た方を見ると、いつの間にテントに戻って来ていたのか、愛理華・ワイナミョイネンがジトッとした目でこちらを見つめていた。


 そして愛理華は黙って背を向けるとテントの外に出ながら手招きをして来て、それに付いて那美も外に出た。


 消灯時間を過ぎた事で広場の電灯は既に消えていたが、仄かな月明かりに照らされて薄明るい山肌を海風が吹き抜けて来て、火照った身体に涼しく感じて心地良い。


「結界は張り終えて来たのか、遅くまでご苦労様でした」

 そう言いながら那美は姿勢を正してペコリと頭を下げる。


「いやいや、女同士でよろしくやってる所を邪魔しちまったな、もっと遅く戻って来た方が良かったか?」

 愛理華はそんな那美を冷ややかな目で見ながら言う。


「いやいや、あれはその……違うんだ、後輩を寝かし付けてやってたつもりが何か変な雰囲気になって来てしまって……」

 どぎまぎしながら那美はそう答えた。

そんな那美の様子を見た愛理華は可笑しさを堪えきれずに吹き出しながら、


「プッ……アハハハハハ……Teräs lohkoで出来てるみたいなお前でもそんな顔になるんだな」


 てらす……何だって……?と可笑しがっている愛理華を憮然とした表情で見返す那美。


「いや、悪りぃ悪りぃ、結界はバッチリ張って来たし、さっきの連中の気配も感じなかったからお前も安心してテントに戻って寝てくれ……それから、たまには照真の奴にもポニーみたいに優しくしてやれよ」


 愛理華はそう言いながらテントの中に入って行った。


「……わかった、おやすみなさい」


 そうしてテントの外に残された那美は広場を見回すと、もう一度みんなのテントの様子を、今度は声は掛けずに見て回り、自分のテントへと戻った。

 テントの中では照真がエアマットに横たわって穏やかな寝息を立てていた。何か楽しい夢でも見ているのか、ウヘヘ……と微笑みを浮かべてもいる。


 しかし考えてみればこの子も不思議な子だ。

 引っ込み思案で控え目な時も有るかと思えば、時には彼女なりの謎の基準かこだわりで妙に押しが強く逆らえない迫力があったりする。

 そんな面白さがあるからこそ友達になりたいと思ったし、照真も那美の事を大切な友達だと思ってくれているようで、本当にありがたく思えて心が温かくなって来るのだった。


 緩みきって幸せそうな照真の寝顔を見ていると、先程の妙に上ずってしまった気持ちも落ち着いて来たようだ。


 そうして那美は敷いておいたエアマットに横になると、静かに目を閉じて次の見回りまで仮眠することにした。


 一方、那美に寺の周囲の結界の設置の完了を伝えて別れた愛理華は、早々に寝床に就こうとテントの中に入ったのだが、


「何か雌臭ぇな……」

 テント内に入った瞬間に、微かに漂う淫靡な匂いと妖しい気配に気付いた。


 入り口側のコットに横になっている善子を見ると、先程那美の身体を弄っていた時に秘部に触れた左手の匂いを嗅ぎながら、右手を股間に差し入れて吐息と声を圧し殺しつつ夜の自主トレの真っ最中なのだった。

 亜美の姿に気付いているのかいないのか、自らの指の蠢きが生み出す快楽の波に一心不乱に浸り切っている。

 

 「……程々にしてサッサと寝ろよ……」

 何だか哀れな気持ちになって来た愛理華はそれだけ呟くとコットに腰掛け、枕元の革のトランクからネグリジェを取り出してTシャツを脱いで着替え、コットに横たわった。


 「那美ちゃん……私の那美ちゃん……うう……」

 横になってやっと気付いたが、テントの奥から亜美のか細い声が聞こえて来る。オマエもかい。


 奥のコットに寝ている亜美もモジモジピクンピクンと妖しい動きをしながら聞こえるか聞こえないかというような小さな声で那美の名を繰り返し呟いている。

 実は亜美も先程の那美と善子のちょっとした情事を眠ったフリをしながらしっかり見てしまっていて、最初は我慢していたようなのだが段々と気持ちが抑えられなくなって来た結果、自らの欲望の渦に溺れてしまっていたのである。


「(まったく、那美のヤツがこんなにモテるだなんて知らなかったぜ……ていうかこいつら2人が特別なのか……?)」 

 亜美と善子、どうやら那美とは幼馴染みらしいこの2人とは違い愛理華自身は那美とは出会って間も無く、まだどんな人となりなのかがよく解らない状態で、あのおさげ髪で石頭の堅物でチンチクリンの空手少女が何故こうも女共を虜にしてしまう秘密があるのか、どうにも理解が追い付かない愛理華なのだった。

 

 そう考えてる間にも延々といつまでも一人上手を続けている2人に挟まれてしまって何とも居心地の悪い目に遭いつつ、いつか終わらせて寝ちまうだろ、と待っていた愛理華だったが、亜美も善子もどちらも快楽を貪り続ける事をまるで終わらせる気配がしないので、


「Mene aikaisin nukkumaan……早よ寝ろテメーら」

 と、催眠魔法を使って"強制終了"させた。


「せいぜい良い夢見るんだな、夢の中なら誰にも迷惑掛からねーからな、じゃ、おやすみ」


 2人が白目を剥いて気絶するように眠りに就いたのを確認した愛理華は、雌臭さの漂う乱れた着衣を直してやり、寝袋に押し込んでチャックを閉じると自分もコットに戻って寝袋に潜り込んでサッサと眠る事にした。


 ─────翌朝、

 愛理華が目を覚ますと、朝の眩しい光が差し込んで来る入り口側の方で亜美と善子の2人が平謝りの土下座の格好で愛理華に対して深々と頭を下げていた。

 善子が使っていたコットは既に片付けられている。


「おはようさん、……って何やってんの君ら」

 平伏したまま頭を上げない亜美と善子をジトッとした目で見ながら愛理華は言った。


「昨夜は非常に申し訳ありませんでした、愛理華さんの御忠告を聞いて居ながらも、身体の疼きを抑えられませんでしたわ」


 あれこれ下手な言い訳をせずに素直で簡潔に詫びを述べる亜美。


「わ、私もどうにかしてしまってました、いくら気持ち良いからってあんな……」

 

 すっかり萎縮してしまって土下座をしながら地中に潜って消えて行ってしまいそうな位に小さく縮こまったまま善子も謝る。

 それらの謝罪の言葉を聞いた愛理華は呆れたようにため息を一つ吐くと、


「何言ってるかよく解らんな、アタイがテントに戻って来た時には2人揃って寝ちまってたよ、昼間の遠泳で疲れてて何かおかしな夢でも見てたんじゃねーの?」

 と、とぼける。


「そう仰られてみると……いつ眠ったのか良く覚えていませんわ」


 腕組みをして考え込みながら亜美が言う。


「そう……だったのかも……?あまりハッキリ覚えてないんですが、何だかずっと眠っていたような気もしますし」


 頭上に『?』マークが浮かんで来てそうな表情で善子も納得?したようだった。


「そうそう、だからよ、サッサと着替えて顔洗って朝メシ食いに行こうぜ」


 愛理華はそう言って話を切り上げ、2人に背を向けてトランクを開け着替え始めた。


 



 

 

 

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建御名方之剣 番外編 タントラム @Tantrum

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