延命

こもり


花瓶の水はとっくに濁っていた。

花弁は茶色くなり、茎は溶けかけている。


それでも私は捨てなかった。

触れれば崩れるのを知っていても、指先でそっと形を直し、光の当たる窓辺に置いた。


それでもまた、あの頃のように、美しく佇む様子は見えない。


——もうとっくに終わっている。

そう思うたび、胸が痛む。

終わらせてしまえば、二度とここには咲かない気がした。


ある夜、暗がりの中でその花が動いた。

風もないのに、花弁がわずかに揺れた。


「まだ、息をしている」


誰に言うでもなく、口からこぼれた。


翌朝、花は完全に崩れていた。

面影は消えて、愁いと執着心だけが花瓶にそびえ立つ。


それでも私は花瓶を捨てなかった。

濁った水の中に、光が差すかもしれないと、思ってしまったから。


またあの花が、私の前に咲いてくれるかもしれないと、なぜか感じてしまったから。

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延命 こもり @TyIer

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