手向けの墓標

こもり


丘の上にその石はあった。

何も刻まれておらず、少しの苔に覆われて、雨に削られ、角は丸くなり、誰の記憶からも消えている。


私はそこに毎日座っていた。

空を眺め、雲を数え、風を受け止めて、陽が落ちるのを待つだけの日々。


ある朝の日だった。

目を開けると風化した石の上に花があった。

白く、小さく、それでいて美しく、朝露を抱いたまま風に揺られている。朝日を浴びる白い花は、私の心の奥底に根を張る。

差し出された温もりに、胸の奥がゆっくりと溶けだす。


それが誰の手によるものか、知る術は無い。

けれど、その花を手向けられた事実が、私が確かにこの世界にいた事を、思い出させる。


いつかに失われていた風の匂い、海燕の群れ、よせる波音。

このたった一輪の白い花が私を思い出させる。

ぼやけた輪郭が浮かび上がる。

鮮明になる。


次の日、朝。


花は無かった。


どこかに飛ばされたのか、影すらない。

それでも私はここに座り続ける。

いつかまた、誰かが通り掛かるかもしれないから。


──たとえ数百年かかっても、その一日を祈りにも似た思いで待ち続ける。

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手向けの墓標 こもり @TyIer

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