@jack_around

章1.水底

地表から目下50㎝の間。


それから上とは温度が違う。

そう肌が気づいた時には、もう足が言うことを聞かなくなっていた。


林を雪駄なんかで駆けずり回ったせいか、足裏の腱が切れそうだった。


浅瀬に踏み入れている様に、膝から下は節々にストレスを感じる冷たさだ


顔を上げると月明かりで紺の海と化した林道は、透明度の高い海中を様している



荒れた息と風の鳴らす葉音。


肺から出せる空気もなく、自分の喉奥からゴムの様な臭いが湧いていた。


膝に手をついたまま、体は空気が入るまで俺をその場に足止めた。


膝が笑い、俺も力なく顔を歪めた。

俺は重力に従う様にそのまま崩れていった。


見えない水面に顔をうずめ

そのまま山椒魚のように這いつくばる。


近づいた地面から、土と雑草の青臭さが冷たいまま鼻に入ってきた。


体重に潰される草と土の湿り気で掌が不快だ。


首を左右に振りながら

うねり、うねりと進んでいく。


繁みの影、岩陰を執拗に見送る。


数十メートル進んだ所で、遂に力が入らなくなった俺は、そのまま静かに腹を着陸させた。


行き倒れのそれとして地面にへばりつく事となった。



やはり、そうだよな。


なんにもない。


ある訳もない。 


予感すら、ない。


海水でずぶ濡れだった顔を地面に擦りつけたまま、しばらく山のざわめきを聞いていた。


「あの日に、こぼれた事にしたんや。」


電話の向こうの海の音とあいつの声が、まだ残る。


嘘でも良かった。


本当だと思った。


酸素が体に戻ってきて、臭いも温度も音すらも、いつも以上にのしかかった。


あの日にこぼれた一滴が、草葉の筋に垂れていくのが、目を閉じた俺には見えなかった。


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