ふたつのお弁当

@jack_around

遠足


小学2年生の5月、遠足があった。


他愛のない、学校から少し離れた公園で遊んで帰る程度の遠足だった。


そんな日ばかり早起きだった僕は、自分の部屋から1階の台所にパジャマのまま降りていった。


そこには久しく見なかった父が居た。


ペンキで汚れたいつもの作業着を羽織り、今しがた帰ってきたのだろう外の空気とタバコの匂いをさせて台所のテーブルに座る母と斜に向かい合っていた。


椅子に座った母は何も言わずに窓の外に視線をやっていた。


父が「これ持っていけ」とポップなランチボックスを僕に押しやった。

貧乏なウチに似つかわしくない、洒落たペーパーボックスだった。今風の。


いつものかすれた飛行機のイラストのプラの弁当箱ではなかった。


「…うん。」


僕は張り詰める台所の空気から逃げる様にランチボックスを持って自分の部屋へ戻った。


そそくさと準備を済ませ、姉から遅れること5分、学校に向かって走った。


遠足を楽しんだ僕は、気の合う友達と昼を囲んだ。

ランチボックスをおもむろに出した手元を友達の背中から女子が覗き込んでいた。


かわいい、かわいいと評判だった。


開けてみると中身もポップな色で彩られた弁当だった。

普段食べない様なチキンやポテトに悪くない気分で昼を過ごした。


普段はしぼんだ卵焼き、色褪せたナポリタン。

僕がよくお願いしていたおかずが入っているはずだった。


少し流行においついた気がしてまんざらでもなかった。




家に帰ると、静かな台所に母の姿はなかった。


父も早々に家を出たのだろう。



水筒を流しに置いた時、いつもの飛行機のイラストのかすれた蓋のプラの弁当箱が桶に浮かんでいた。




振り返ったテーブルにはまだ色褪せたピンクのナプキンにくるまれたままの姉の弁当箱が置いてあった。


僕はその時、記憶に落ちてた破片で見てはいけない記憶を見てしまった。


久しく見ない父親が、誰かから僕らの遠足があるからと弁当をどこかで作らせた事。


姉も僕も受け取った事。


母は行き場のない弁当を誰も居ない家で一人、食べた事。




食べ終えたランチボックスをゴミ箱に入れようとしていた手を止めて、

リュックにしまった。




自分の部屋に戻ろうと階段に差し掛かる頃、母が廊下の奥から「おかえりー」と洗濯かごに乾いたタオルを詰めて声をかけてくれた。


いつものおだやかで間の抜けた声だった。




目を合わせた途端、喉の奥が閉まり、リュックを抱え上げた。

僕は急いで階段を駆け上がった。



ランチボックスは次の日の朝、学校に行く前の海に放り捨てたのだった。

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