善人すぎる俺が彼女にフラれたら、俺を崇拝する隠れファン軍団と最強親友が世界規模(?)の復讐代行を始めてしまった件
@flameflame
第一話 平凡な僕と完璧な彼女、そして見えない亀裂
けたたましく鳴り響いていた目覚まし時計を止め、僕はいつも通りの朝を迎えた。窓を開ければ、少しひんやりとした空気が流れ込んでくる。平凡な一日の始まりだ。僕、相沢陽向(あいざわ ひなた)の日常に、ドラマチックな出来事なんて起こりはしない。
「いってきます」
玄関でそう呟いて家を出る。通学路の途中、ふと視界の隅に見慣れない光景が映った。駅へと続く路地裏から、カァカァとけたたましい鳴き声が聞こえてくる。気になって覗き込んでみると、三羽のカラスが小さな何かを取り囲んでいた。よく見れば、それは生まれたばかりのような小さな子猫だった。必死に体を丸めて威嚇しているが、カラスたちの執拗な攻撃に、その命は風前の灯火に見えた。
「こらっ! あっち行け!」
考えるより先に、体が動いていた。鞄を放り出し、カラスの群れに向かって駆け寄る。僕の突然の乱入に驚いたカラスたちは、不満そうな鳴き声を上げながらも、バサバサと羽ばたいて電線の上へと避難していった。
残された子猫は、まだ恐怖で体を震わせている。そっと手を伸ばすと、フーッ!と精一杯の威嚇をされたけど、それでも構わずに優しく抱き上げた。温かくて、とても軽い命の感触。近くに親猫の姿は見当たらない。このまま放っておくわけにもいかず、僕は近くの動物病院が開く時間まで、その場で子猫を温めながら待つことにした。
その結果、当然のように学校には遅刻ギリギリ。校門を駆け抜けると、生活指導の先生が腕を組んで立っていた。
「相沢、またギリギリだな。もう少し時間に余裕を持って行動しろ」
「すみません! ちょっと野暮用が……」
「……まあ、お前のことだ。どうせまた人助けか何かだろう。次からは気をつけるように」
先生は呆れたようにそう言うと、僕の肩についた猫の毛を軽く払ってくれた。この先生も、以前自転車で転んで怪我をしていたところを僕が手当てしたことがある。僕の「お人好し」は、学校の先生たちの間でも有名らしかった。
廊下を早足で歩きながら、すれ違う生徒たちと挨拶を交わす。「陽向、おはよー!」「相沢くん、おはようございます!」学年やクラスに関係なく、たくさんの人が僕に声をかけてくれる。僕が特別な人間だからじゃない。ただ、誰にでも挨拶をして、困っているのを見かけたら少しだけ手伝う。そんな当たり前のことを続けているだけだ。
自分の教室である二年三組のドアをスライドさせると、喧騒の中でひときわ目立つ存在が、僕の方を振り返った。
「陽向、おっそい! もう少しでホームルーム始まっちゃうよ」
唇を少し尖らせて僕を迎えてくれたのは、彼女の月島玲奈(つきしま れな)。艶やかな黒髪のロングヘアーが印象的な、クラスでも群を抜く美少女だ。中学からの同級生で、高校に入ってから偶然同じクラスになった。そして、彼女の方から告白してくれて、僕たちは付き合うことになった。平凡な僕にはもったいないくらいの、自慢の彼女だ。
「ごめん、玲奈。ちょっと色々あって」
自分の席に着きながら謝ると、玲奈は僕の制服のシャツをじっと見つめた。
「陽向、またお人好し発動してたでしょ。シャツ、猫の毛だらけになってる」
「あ、ほんとだ。駅前の路地でカラスに絡まれてた子猫がいてさ。放っておけなくて」
僕が事情を説明すると、玲奈はふっと息を吐いて、呆れたような、それでいてどこか優しい笑みを浮かべた。
「もう、そういうところが陽向の良いところだけど、少しは自分のことも考えなよ? 私、心配するんだからね」
「心配してくれてありがとう、玲奈」
彼女の言葉に、胸が温かくなる。周りの男子生徒たちが、羨ましそうな、あるいは妬ましそうな視線を僕に向けているのが分かる。無理もない。玲奈は学校中の男子の憧れの的で、そんな彼女と付き合っている僕は、きっと彼らにとって不釣り合いな存在に見えるのだろう。
でも、最近、玲奈のその笑顔にほんの少しだけ翳りが見える気がするのは、僕の気のせいだろうか。僕が誰かのために時間を使うたび、彼女の表情が微かに曇る。僕の鈍感さが、彼女に寂しい思いをさせているのかもしれない。もっと彼女を大事にしなくちゃ。そう心に誓った。
あっという間に午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴る。教室のあちこちで弁当の包みが開かれる中、僕は一人、席を立った。
「陽向、どこ行くの? 今日は一緒に食べない?」
「ごめん、玲奈。ちょっと野暮用。すぐ戻るから」
玲奈にそう言って、僕は教室を後にした。向かう先は、生徒たちの間では「幽霊が出る」と噂されている旧校舎。その中でも、立ち入り禁止の札が立てかけられた屋上へと続く階段を上っていく。ギシギシと軋む扉を開けると、そこには心地よい風と共に、僕の唯一無二の親友が待っていた。
「よう、陽向。今日の善行報告は、子猫救出の巻か」
フェンスに寄りかかっていた銀髪の美形が、こちらを振り返ってニヤリと笑う。神楽坂伊織(かぐらざか いおり)。成績は常に学年トップ、運動神経も抜群で、モデルと見紛うほどの整った容姿を持つ彼は、この学校のスターだ。そんな彼が僕の親友だということは、学校の誰も知らない、僕たちだけの秘密だった。
「伊織。なんで知ってるんだよ、早くないか?」
「お前の行動パターンなんて、手に取るように分かる。校門で先生にお前のシャツを払ってもらってるの、たまたま窓から見えただけだ」
伊織はそう言って、コンビニで買ってきたであろう焼きそばパンを無造作に口に放り込む。完璧超人の彼が、僕なんかの親友でいてくれるのは、中学時代のある出来事がきっかけだった。
当時、彼は周囲からの過剰な期待と嫉妬に押しつぶされそうで、一人で心を閉ざしていた。そんな彼の事情を何も知らなかった僕は、休み時間に一人でいる彼を見つけて、「腹減ってないか?」と、母親が作ってくれた大きめのあんぱんを半分こした。ただ、それだけ。それ以来、伊織は僕にだけ心を許してくれるようになり、今では何でも話せる最高の友達になった。
「学校では相変わらずだな、お前は」
「伊織こそ。女子に囲まれて大変そうだなって、いつも見てるよ」
「勘弁してほしいね。お前みたいに、誰とでも自然体で話せる方がよっぽど羨ましい」
伊織は苦笑しながら空を仰ぐ。僕にとっては、彼の方がよっぽど羨ましい存在だけど。
「そういえば陽向。月島とのこと、最近どうなんだ?」
不意に、伊織が真面目なトーンで尋ねてきた。
「どうって……普通だよ。すごく大事にしてるし、順調だと思うけど」
「……そうか。ならいい」
伊織は何か言いたげな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。彼は昔から、僕が玲奈と付き合うことをあまり快く思っていない節がある。きっと、僕が玲奈に振り回されるんじゃないかと、親友として心配してくれているのだろう。
昼休みが終わり、午後の授業も滞りなく過ぎていく。そして、一日の終わりを告げるチャイムが鳴った。今日の放課後は、玲奈と新しくできたショッピングモールに映画を見に行く約束をしている。
「陽向、先に行って待ってて。私、日直の仕事があるから、すぐ追いかける」
「分かった。下駄箱で待ってるよ」
玲奈にそう告げ、僕は先に教室を出た。下駄箱でスマホをいじりながら待っていると、玲奈からメッセージが届く。
『ごめん! 先生に急な用事を頼まれちゃった! 今日、行けそうにない。本当にごめんね!』
メッセージには、申し訳なさそうなスタンプが添えられていた。
「そっか。仕方ないな。何か大変なことでもあったのかな……」
僕は純粋に彼女を心配し、『分かった、気にしないで。また今度行こう』と返信を送った。楽しみにしていたデートはなくなったけど、先生の頼みなら仕方がない。僕は一人、とぼとぼと帰り道を歩き始めた。
商店街を抜けると、八百屋のおばちゃんが「陽向くん、これ持ってきな!」と、少し傷のついたリンゴを二つくれた。いつも挨拶するだけなのに、気にかけてもらえて嬉しい。本屋の前を通れば、店主のおじいさんが「この前君が勧めてくれた本、面白かったよ」と笑顔で手を振ってくれる。僕の日常は、こういう小さな優しさで満たされている。
そんなことを考えながら駅前のカフェの前を通りかかった時、僕の足は釘付けになった。
ガラス張りの店内の、窓際の一番目立つテーブル席。そこに、楽しそうに笑い合っている二つの影があった。
一つは、僕の彼女であるはずの月島玲奈。
そしてもう一人。彼女の向かいに座っているのは、同じクラスでサッカー部のエース、西園寺蓮(さいおんじ れん)だった。
僕の知らない、キラキラした笑顔。弾むような声で何かを語り、身を乗り出して西園寺の話に聞き入っている。西園寺が何か冗談を言ったのか、玲奈は口に手を当てて、幸せそうに笑っていた。先生の用事があると言っていた彼女が、なぜ、あそこに。
心臓が、氷の塊を無理やり押し込まれたように、ぎゅっと冷たく痛んだ。
ドクン、ドクンと、自分の心音がやけに大きく聞こえる。
呼吸が浅くなり、指先が冷えていくのが分かった。
でも、僕は思う。きっと、何か事情があるんだ。偶然会って、立ち話をしているだけかもしれない。そう、西園寺の悩み相談に乗ってあげているのかもしれない。玲奈は優しいから。
そう自分に言い聞かせ、僕は震える足でその場を立ち去った。見なかったことにしよう。玲奈を信じなくちゃ。彼女が僕を裏切るなんて、そんなこと、あるはずがないんだから。
僕が気づいていないこと。
その時、僕が立っていた場所から少し離れた歩道橋の上で、一人の男子生徒がその光景を黙って見ていたこと。彼は、僕が以前、上級生に絡まれていたところを助けた後輩だ。
カフェの向かいにあるバス停のベンチで、同じクラスの物静かな女子生徒が、唇を噛み締めていたこと。彼女は、僕が雨の日に何も言わずに傘を貸してあげたことがある。
そして、カフェのすぐ近くのスーパーから買い物袋を提げて出てきた、見慣れた女性。僕たちの高校の購買部で働いているおばちゃんが、眉をひそめてその二人組を睨みつけていたこと。
彼らのスマホのカメラが、まるで示し合わせたかのように、静かに玲奈と西園寺の楽しそうな姿を捉えていたことを、この時の僕は知る由もなかった。
僕の知らない場所で、僕を護るための静かな怒りの炎が、いくつも灯り始めていたことなど、全く。
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