第19話

日本、そして世界。


ダンジョン動画はもはや「話題」ではなく社会現象になっていた。


ニュース、SNS、掲示板。

毎日、何かしらの考察と議論が飛び交う。


――そろそろ潮時だな。

藤堂遥斗はそう判断した。


想定通りの世論の反応。

すぐにでもダンジョンを一般開放したい。

それなら自分から名乗り出た方がいい。


ただし。


ダンジョンマスターであることは、絶対に伏せる。

あくまで「偶然ダンジョンを発見した一般人」として振る舞う。


時は5月。


遥斗は事前に調べておいた政府の窓口に電話をかけた。


数コールの後、落ち着いた声が応答する。


「はい、こちら〇〇省でございます」


「突然すみません」


遥斗は一拍置いてから淡々と告げた。


「ダンジョンの動画を投稿している者です」


一瞬、向こうの呼吸が止まったのが分かった。


「……確認のためお伺いしますが、どの動画でしょうか」


「ミノタウロスキング、エルダーリッチ、ドラゴンの動画です」


完全に沈黙。


数秒後。


「失礼ですが、いたずらではありませんね?」


「証拠になりますが売却を希望するアイテムがあります」


「……詳しい話を伺いたい」


遥斗は続けた。


「場所はこちらで指定します。迎えに来て頂けますか」


電話の向こうで何かを必死にメモする音がした。


「……承知しました」


「詳細は折り返します」


翌日


指定したのは人目の少ない郊外の駐車場。


時間ぴったり。


黒塗りの車が二台、音もなく滑り込んできた。


運転席から降りてきた男が丁寧に一礼する。


「お迎えに上がりました」


遥斗は足元に置いていた段ボール箱を指差した。


「これを一緒に持って行きます」


箱の中身は事前に選別した売却用アイテム。


男が箱を持ち上げる。


その瞬間、わずかに目を見開いた。


「……かなり、重いですね」


「そうみたいですね」


遥斗は平然と答える。


車の後部座席に案内されドアが静かに閉まった。


走り出す車内。


誰も余計なことは話さない。


ただ一つだけはっきり分かる空気があった。


――これは参考人としての移動ではない。


だが同時に、


――まだ敵として扱われてはいない。


遥斗は窓の外を眺めながら静かに考える。


(さて……、どこまで見せて、どこまで隠すか)


政府との交渉はこれからが本番だった。

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