鉛筆が転がったから

九戸政景@

鉛筆が転がったから

「あ、やべ」

 昼休み明けの授業中、うっかり鉛筆を落としてしまった。落としたのは、小学生の頃に流行っていたキャラクター物の鉛筆。みんながシャーペンを使う中でも俺はなんとなく鉛筆が好きでずっと使っているのだ。

 急いで拾わないと。私語厳禁の静けさを破った音の主はコロコロと転がり続ける。そしてあるイスの足の一本にぶつかって止まると、それを拾い上げる手が現れた。

「あ、悪いな。綾部」

 拾ってくれたのは左斜め前の席の綾部だ。見た目は可愛らしいが、いかんせん無口気味でクールだからかとりつく島もないと考えてあまり近寄ろうとする男子もいない。

「取ったけど、これでいいの?」

「え?」

 綾部の言葉に疑問を抱く。取ってくれたのはいいが、それはどういうことだろうか。

「だって、私の事を呼んだでしょ?」

「……ああ、それか」

 綾部よ。それは呼んだんじゃなくて、思わず出た声だ。

「まあそれはさておき、ありがとうな」

「ん。ところで……」

「ん、どうした?」

 綾部が少し何かを言いづらそうにしている。偶然落ちた鉛筆を拾ってくれた異性。これはもしや、俗に言うあれだろうか。

「それ、ファイえんだよね?」

 綾部が鉛筆を指差す。綾部の言う通り、これはファイト鉛筆、略してファイえんだ。転がして出た目で遊べるように表面にはキャラクターのイラストの他に技名なんかも書いてあるもので、小学生の時にはレアなものを探したものだった。

「ここでファイえんの持ち主に出会えたのも何かの縁。いざ尋常に……」

「それはいいけど……」

 俺は視線を横に向ける。そこには先生が立っていて、先生はコホンと咳払いをした。

「う、たしかに……」

「まあ俺も久しぶりにやりたいし、放課後なら相手するぞ」

「ありがとう。それじゃあまた後で」

 頷いて俺も授業にまた意識を向ける。人生はどう転がるかわからない。それは鉛筆と同じ。転がった先にもしかしたら自分が予想していなかった縁も転がっているかもしれないのだ。

「転ばぬ先の杖ならぬ転がる先の縁、なんてな」

 放課後に待っている楽しい一時を頭の中に描きながら俺は授業に意識を集中した。

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鉛筆が転がったから 九戸政景@ @2012712

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