十二話 共栄圏標準時間――星を継ぐ者たち

第十二話 共栄圏標準時間――星を継ぐ者たち


年度末の報告書は、例年よりも薄かった。

問題のあった案件は少なく、処理は滞りなく進んだと記されている。


藤堂はそれに目を通し、ページを閉じた。

異議を挟む理由はない。

書かれていないことも含めて、正確だった。


机の引き出しを整理していると、古い端末が出てきた。

廃棄予定の機材だ。

電源は入らないはずだったが、充電ケーブルを挿すと、低い起動音が鳴った。


記録はほとんど残っていない。

管理番号の欠けた映像ファイルが一つあるだけだ。


再生すると、画面には静かな街路が映し出された。

人々は行き交い、誰も立ち止まらない。

そして、一人だけが、ふと空を見上げる。


理由は示されない。

意味も説明されない。


藤堂は理解する。

これは林の作品ではない。

坂井の言葉でもない。


もっと前だ。

この制度が、まだ自分の役割をはっきり定義できていなかった頃。


映像は、かつて通された。

誰かが止めず、誰かが否定せず、誰かが声を上げなかったことで。


端末を閉じる。

記録は残らなかった。


翌日、藤堂は新しい担当表を受け取る。

特別な配置ではない。

昇進も、降格もない。


適性あり。

それだけが、評価欄に記されている。


林 月華の新作が、次の審査予定に並んでいた。

タイトルはまだ仮のままだ。


藤堂はそれを確認し、何も言わずに席に着く。


沈黙は中立ではない。

それでも、ここでは沈黙だけが次へ渡すことを許されている。


星は、誰かに掲げられて受け継がれるのではない。

消されなかったことで、静かに手渡される。


名を呼ばれることもなく、

誇られることもなく、

責められることもなく。


そうして星は、夜から夜へ渡っていく。


藤堂は画面に表示された再生ボタンを見る。

指を伸ばし、止めることなく、ただ待つ。


星を継ぐ者たちは、

今日も、名もなくそこにいる。

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共栄圏標準時刻 たかひろ @Fujiwara_Takahiro

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