十話 適性

第十話 適性


 次の会議で、坂井の席は空いたままだった。


 代わりに、別の審査官が資料を読み上げている。内容は正確で、滞りもない。藤堂は一度だけ名簿に目を落とし、すぐに視線を戻した。説明はなかった。だが、誰も不思議そうにはしていない。


 会議は予定通りに進んだ。質疑は最小限で、結論も確認だけだった。坂井がいないことは、すでに前提として処理されているように見えた。


 会議後、藤堂は事務から短い連絡を受けた。


 《坂井審査官は、当面の間、別部署で業務適性の再評価を行います》


 それだけだった。理由も経緯も書かれていない。文面は丁寧で、配慮すら感じさせる。誰かを責める語調ではない。


 昼休み、藤堂は執務室の奥で書類を整理した。坂井の机はすでに片付いている。私物はなく、引き出しも空だ。そこに人が座っていた痕跡だけが、わずかに残っている。


 引き継ぎは完了していた。坂井が担当していた案件は、別の名前に置き換えられている。処理は早く、無駄がない。人が一人減っただけで、業務に支障は出ていなかった。


 午後、上席審査官が藤堂の席に立ち寄った。


 「最近、助かっています」


 それだけ言って、立ち去る。評価でも忠告でもない。だが藤堂には、その意味が分かった。余計な波を立てないこと。規定の内側で完結させること。それが、ここでは“適性”だった。


 端末に、新しい案件の通知が届く。提出者の名前を確認し、藤堂は静かに画面を開いた。


 坂井は、声を上げた。  自分は、上げなかった。


 どちらが正しかったのかを、制度は判断しない。ただ、残ったほうを選ぶ。


 ――あれは、適性だったのだ。


 誰の適性だったのかを考える前に、藤堂は次の資料に目を通し始めていた。

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