1話 試験会場へ

「母さん!行ってきます!」

「試験頑張りなさいよ」

「おう!」

 俺は天音晴あまねはる妖桜国ようおうこくで暮らす何処にでもいる人間。

 今日は俺の人生に特に重要な日になるだろう。今日の試験で俺は──


「祓魔師になるんだ!」


 祓魔師。ここ妖桜国がある島、神妖島しんようじまを支える仕事の一つ。その名の通り、魔を祓う仕事だ。

 神妖島では、悪霊、害のない彷徨う霊など、死してなお未練でこの地に残る者達がいる。

 その中の悪霊を祓うのが祓魔師の仕事。

 祓魔師になるには試験に受からなければならない。合格する確率は低い試験だ。

 だけど、俺は祓魔師になるって決めてる。祓魔師になって此処を皆が危険が無い安心して暮らせる場所にしてやる。


「ここで試験を突破すれば俺も祓魔師に⋯」


 妖桜国の中心。巨大な桜の木とその前に建つ広い建物。祓魔師や祈祷師、陰陽師の機関だ。

 そして妖がここ現し世と幽世を行き来する場所。千桜館せんおうかん


「祓魔師の試験受けに来ました。受付お願いします!かすみ姉さん!」

「晴君~。ようこそ試験へ~」


 受付にいるのは霞姉さん!煙羅煙羅えんらえんらって言う煙の妖らしい。小さい頃から面倒を見てくれる優しい方だ。

 眠そうな表情をしているものの、受付の対応はしっかりこなしている。


「はい。コレ試験の証。ここから奥の広間に行ってね~。試験、頑張ってね〜」


 そう言われると手の甲には桜と菊の文様の様なものが浮かび上がった。

 

「ありがとうございます!姉さんもお仕事頑張ってく下さい!寝ちゃ駄目ですよー!」


 にこにこと笑いながら手を振ってくれる霞姉さんに手を振り返しながら、奥へ進んでいく。

 この場所には小さな頃から来たことがあったが、それは一般人に開放している入り口周辺だけ。入り口と言っても家よりも広い部屋みたいなものだ。この入り口は住民達の憩いの場となっている。人間と妖、お互いの交流を大事にされている場所だ。俺はこの空間がとても好きだ。ゆったりしていて、ここに居ると心が安らぐ気がする。

 だが今はその時とは違う、緊張感がある。

 祓魔師を目指すのは俺だけじゃない。他にもいる。だけどその中で試験に合格できるのはほんのひと握りだ。

 進み続けると扉の前に来た。

 いよいよだ⋯。この扉を開けたら後には戻れない。

 ただの扉がとても重たそうな重厚な扉に見える。緊張で手が震えそうだ。

 けど、ここで怯んだら祓魔師になれる訳ねぇだろ。

 一、ニで開けるぞ。よし!


「入らないなら退いてくれる?邪魔だから」


 背後に来た人にも気づかないくらい緊張してしまったらしい。

 って待てよ⁉今ここでビビり散らかしてる姿見られてたって事じゃん‼やべぇ超ダセェじゃん俺‼

 取り敢えずまず退かねえと!


「わりぃ!つい緊張しちまってさー!お前も試験受けに来たのか?」


 振り返ると黄蘗色というのだろうか。薄い黄色に少し黒⋯茶色が混ざったような髪色をしている。鳩羽色の瞳が印象的だ。

 試験には十六歳以上から挑む事が出来る。俺もこの時をずっと待っていたが、相手も同い年だろうか。

 俺の言葉に相手は呆れた様に言う。


「試験を受ける以外にここに来る理由はなんだ。あるから来たんだろう。お前こそ試験を受ける気があるのか?覚悟も無いなら、今すぐ帰れば良いんじゃないか?」

「はぁ⁉初対面の相手に向かってなんだよお前!そう言うお前こそ覚悟が「受かる」」


 覚悟どころか受かって当然と言うように食い気味で返してきた。

 何だよその自信は!


「俺は受かる。何故か気になるか?至極単純。お前達より強いからだ。」

「んな事やってみねーと分かんねーだろ!」

「雑魚は相手との力量も分からないのか」

「何だと!」


「はいはい。喧嘩はその辺にしといてこっちおいで~」


 扉が開いた先にいるのは長い銀髪の人⋯ってまさか⁉


「く雲金くもがねさん⋯⋯⁉」


 雲金楼くもがねろうさん。若くして祓魔師になり数々の悪霊を祓ってきた祓う事には他の追随を許さない天才祓魔師。これまで祓ってきたその功績は計り知れない。最年少で隊長格に上り詰めた人だ。

 ここにいるって事はもしかして⋯!


「あの、すいません雲金さん。雲金さんがここにいるって事は⋯試験官って⋯⋯」

「ん?そうそう今日は僕も試験官の一人として勤めさせて貰うよ~よろしくね」


 にこりと笑う雲金さん。こうやって笑う所を見ると天才祓魔師として数々の戦場を超えてきたとは思えないくらい優しい雰囲気をしている。

 ふと隣を見てみると、俺とさっきまで言い合っていたあいつは雲金さんから目を話さず、鋭い視線を向けている。

 何やってんだよコイツ失礼だろ⁉

 雲金さんはその視線を受けても尚、笑顔を崩さない。


「君もよろしくね」

「⋯あんた祓魔師の中で一番強いのか?」

「お前なんて事言ってんだよ!まさか雲金さんを知らないくらい無知だってのか⁉」

「お前に聞いてない。黙ってろ」

「何だと」

「僕が一番強いのかは、君達がその目で見れば分かることだよ。実際は尾鰭が付いてるだけだけどね~だから~試験頑張ろうねぇ」


 穏やかに機嫌を損ねた感じもなく雲金さんは答えた。

 見た目通り優しそうな人だけど、コイツのこの態度はどうにかしたほうが良いと思う⋯。俺がボコボコにしてやりたい。


「その目の色と髪色⋯君が噂の鳴神景君だね。君の事は聞いているよ。」

「え⁉コイツ有名人⁉⋯なんですか?」


 こんな目の前にいる奴全員舐めてますみたいな奴が⋯⁉


「そうだね。普通祓魔を習うには今は人から習うのが当たり前だからね。彼は妖から習っているんだよ」

「妖⁉いいなー!妖に教えてもらう事なんて中々ねーじゃん!羨ましすぎるぜ‼」

「チッ⋯ぺらぺら人の事喋るんじゃねーよ。お前も妖からだろーがなんだろーが羨ましい事なんて何もねぇよ引っ込んでろ」

「お前ずっと人にあたり強すぎだろ!」

「俺はお前等とは違う。この言葉が分かったら気安く近づくんじゃねぇ」


 そう言うと鳴神景は扉の向こうへ行った。

 ⋯まっじであいつさあ⋯⋯⋯‼


「だーーー‼すげーアイツむかつく‼アイツとは絶対に仲間になれねえ!」

「そうかい?君達はきっと良い友達になれるよ」

「雲金さん冗談キツイっす⋯キツイですよー。今の見てましたよね?俺絶対無理っす⋯⋯です」

「うんうん。まずはお互いの事を知る事が大事だね。ほら、僕達も行こう」

「雲金さん聞いてました⁉」


 雲金さんって結構マイペースなのかもしれない⋯。

 まあ、ここで立ち話をしていても何も始まらねぇ!この扉の先で⋯いよいよ試験だ。

 ドアの取っ手を掴む手は震えちまう。落ちつけ。深呼吸だ。整えろ。

 ⋯⋯よし。行ける。

 ぐっとドアノブを回した。

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