少年、問1

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少年、問1

幼稚園の教室の真ん中に、ひとりの少年が立っていた。

周りでは子どもたちが色とりどりの絵を描き、

ブロックを積み、笑い声を上げている。

けれど、少年の目には、そのすべてが空虚に見えた。


なぜ人は、こんなにも意味のないことに夢中になれるのか。

そのとき、少年はまだ言葉を持たなかった。

けれど心の奥で、世界の「無意味」を直感していた。

それが、彼の“第一の目覚め”だった。



小学校のグラウンド。

彼はサッカーボールを追い、転び、泥をかぶった。

相手チームの少年が彼の胸を踏みつけ、笑った。

痛みよりも、心に刺さったのはその笑い声だった。

――人は、他人の痛みの上で笑うことができるのか。

その問いが、彼の中で燃え続けた。


この日から、彼の中で「人間とは何か」という問いが始まった。

八歳の少年には、それがあまりにも重すぎた。

死という言葉が心に浮かんだのも、この頃だった。



成長するにつれ、彼は言葉を閉ざすようになった。

家庭の中で怒りが爆発することもあった。

それを見た母の目に、恐れの色が宿るのを感じた。

父の口からは生ぬるい言葉が落ちた。

――「お前には、何か障害があるんじゃないか」

その一言が、彼の中に深い溝を刻んだ。


彼はそれを忘れようとしたが、忘れられなかった。

自分は壊れているのか。

それとも、壊れているのは世界のほうなのか。

どちらが正しいか分からないまま、

彼はただ静かに、自分の中の叫びを押し殺した。



中学、高校と進むうちに、彼は音楽に出会った。

それは唯一、世界の騒がしさを少しだけ遠ざけてくれるものだった。

イヤホンの中で鳴る旋律に、彼は逃げ場を見つけた。

だが、ある日その音楽でさえも、

「現実からの逃避」に感じてしまった。


音はもう、彼の信念を裏切った。

「なぜ生きているのか」という問いに対し、

音楽は何も答えてくれなかった。

その日から、彼は静かにイヤホンを外した。



少年は考え続けた。

世界に神はいない。

すべては偶然、サイコロの出る目で決まる。

人も物も、ただの化学反応。

愛も、希望も、脳の一部が作り出した幻想。


――それでも、なぜ俺はまだ生きるのか?


その問いだけが、彼をこの世界につなぎとめていた。

それは希望ではなく、使命のようなものだった。

「なぜ生まれたのか」をいつか解き明かす。

そのために、彼は死なないと決めた。



彼は今も歩いている。

答えのない問いを抱えながら、

時に傷つき、時に立ち止まりながら。


彼は知っている。

この世界には意味がない。

けれど、人が意味を与えることはできる。

もし世界が無でできているのなら、

生きることそのものが、唯一の“創造”なのかもしれない。


夜の静けさの中、彼はひとりつぶやく。


――俺はまだ、終わらせない。

  世界の意味が見えるその日まで。

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