その苦味がわかる時

九戸政景@

その苦味がわかる時

「あっ、コーヒー飲んでる! ちょーだい!」

 まだ小学生の娘がめざとくコーヒーカップを見つけて手に取る。そのまま口へと運んだけれど、期待に満ちた表情は感じたコーヒーの味を表すかのように苦々しいものに変わった。

「に、にっがーい……」

「砂糖もミルクも入れてないんだからそれはそうだろ」

「お父さん、どうしてこんなのを美味しそうに飲めるの? 私にはわかんないよー……」

 まだ口の中が苦いようだ。不思議そうにしながらも苦々しい表情は変わらない。

「お前にもいつかわかる時が来るよ」

 それを聞いた娘は首を横に振る。その姿が可愛らしくて、俺は思わず笑ってしまった。

「ほんと、すごい顔だったな」

「お父さん、またそれ観てたの?」

 その声を聞いて振り向く。そこには娘がいて、手には淹れたてのコーヒーが注がれたカップがあった。煎りたてなのかふわりと漂う香りは芳醇で、受け取って飲んだその一口はやはり美味だった。

「美味いな。また腕を上げたんじゃないか?」

「カフェの経営者としてはコーヒーの淹れ方にもこだわらなきゃ。それに」

 娘はクスリと笑う。

「私にもわかる時が来たわけだしね」

「そうだな」

 またコーヒーを一口飲む。たしかな苦味と仄かな渋み、口の中に広がる風味と鼻に抜けていく香りは今日みたいな穏やかな午後には本当に最適だ。

「それじゃあ私もご一緒しようかな。映像の中の私にもコーヒーの味がわかる時が来たよって言いたいしね」

 娘は自分の分を淹れにキッチンへと戻っていった。砂糖もミルクも入れてないコーヒーはたしかに苦い。けれど、砂糖もミルクも、お茶菓子も必要ない。この過去と現在、二人の娘との一時こそ最高のコーヒーのお供でコーヒーを引き立たせる甘味でもあるのだから。

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その苦味がわかる時 九戸政景@ @2012712

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