ゆりかごから墓場まで

属成

第壱話 ゆりかごから墓場まで

『第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棍棒でしょう』


 ——アルベルト・アインシュタイン


 意識ははっきりある、ただこの目に映るのは色のない世界。全てが黒で塗りつぶされている。


 声が聞こえた? けれどもその声は耳から聞こえてきたわけではない。頭の中、脳にじかに聞こえてきた。その聞こえてきた声が段々とはっきりとした言葉になってきた、どうやら誰かの名前を呼んでいるみたい。


「……様…… 七原ななはら様」


 ななはら? 偶然にも自分と同じ名字だ。いや、この場合の七原は俺を呼んでいるのか? 何のために? そもそも、人の名前を呼んでいるこいつは一体誰なんだ? 


「起きてください、七原様」


 七原竜也ななはら たつやは自分の名前を呼んでいる声によって目を覚ます。七原が目を覚ました場所は自宅、七原が契約しているマンションの二階、二○四号室。現在の時刻は午前四時四十四分。起床した時刻はいつも七原が起きる時間よりも少し早い。


 部屋には布団が敷かれており、七原は家で寝る時はこの布団で寝ている。掃き出し窓より外側には自部屋のベランダと斜向かいのマンションの最上階と屋根が、空を背景に映し出されている。七原が布団から起き上がって見える景色はいつもこれで、この景色は変わらないはずだった。この日の七原が起き上がって一番最初に目にしたものは人、掃き出し窓の内側にはそこにいるはずがない人が立っていた。七原の視線は掃き出し窓な中央に向かい確認する、掃き出し窓にはちゃんと鍵がかかっていた。


 そこに立っていたのは二十代前半と思われる女性。身長は百六十二、三センチぐらいで、髪はやや青みがかっている白色のショートボブ、服装はワンピーススーツを着ている。上着はボレロ、靴はヒールを履いてる、それと革の手袋をしている。色はスーツ一式えんじ色で靴と手袋は黒色。


 窓には鍵がかかっているのを確認した後、玄関の鍵もしっかりかかっているのを確認した。他にこの部屋に入る方法はない。この女性がどうやって部屋に入ってきたのかは不明だが、七原の最初の一声は意外な言葉だった。


「……くっ、靴を、脱げ」


 その言葉を聞いた女性はクスッと笑った。女性は七原の目を見ている。


「第一声がそれなんですか? 七原様」


 女性が発したその一言に、七原は他にも言いたいことは山ほどあるが、自分の家はオランダやベルギースタイルではない、とりあえずは靴を脱げと言った。女性は承知いたしましたと靴を脱いだ。


 女性が靴を脱いだ後、七原はこの女性に、どこの誰なのか? ここにきた目的は? どうやって部屋に入った? などの、不可解なこの状況について説明を求めた。


 七原の質問に女性は部屋に入った方法は規則より説明はできない、と言った。名前はツヅリと言い、ツヅリ自身は七原に危害を加えることはなく、自分はここから開戦するゲーム? のようなものの進行役、ナビゲーターである。


 七原はまだこの状況が飲み込めない。言っている意味がわからない、という表情をしている。ゲーム? ナビゲーター? 七原はツヅリの返答に、何の説明にもなっていない、ツヅリ自身が人の家に勝手に上がる怪しい人物であることに変わりはない、早くこの状況の説明をしろ、ともう一度ツヅリに言い放った。


 ツヅリは説明になるかどうかわからないが七原に時計見て、時刻を確認するように言った。何故? 時計を見なければいけないのかを理解できない七原だが、言われた通りに自分のスマートフォンの画面を見る。スマートフォンの画面を見た七原は自分が今置かれてるこの不可解な状況が、さらにわからなくなった。


「え……?」


 七原が見たスマートフォンの画面の時刻は午前四時四十四分で止まっている。確認した時計はスマートフォンを開いた時に表情されるデジタル時計、七原はすかさずアプリのアイコンのアナログ時計を確認した。アナログ時計のほうは秒数も四十四秒で止まっている。


 七原は左手のひらで左目を覆う、そのまま手のひらを耳、そして首筋へと運んだ。


 七原はふと思う。スマートフォンが使えるなら警察に通報ができるのでは? 指が動く。


「警察に通報しても無駄ですよ」


「そもそも、なんて説明をするのですか?」


「居空きにでもあったと、説明をされるのですか?」


 驚いていた脳が徐々にこの状況を整理しようとしているのを、七原は自分の心臓の音で判断した。


 七原は動かしていた指を止めた。座ったまま壁にもたれかかり、スマートフォンを床に置いた。右手の指が床に当たる。右脚は外側に倒し、少し膝を曲げる。左脚は足の裏が床につくまで膝を胸の方に引き寄せ、左腕を左膝に置いた。


 ため息をついた、七原は口を開く。


「……頼む、バカでもわかるように説明してくれ」


 その言葉を聞いてツヅリは少し驚いた表情を見せた。その表情を見た七原はどうした? と言葉をかける。ツヅリに驚いた理由を聞くと、七原がいたく冷静な態度をとったために驚いたのだと。ツヅリの話ではこのような状況では非常に大きな声を荒げて叫ぶ人や、その場で暴れる人は少なくはない。それを聞いた七原は当たり前だろ、と返した。


 ツヅリはここから七原にも参加してもらうゲーム? のようなものについて、簡潔にだが説明を始めた。


 ツヅリから七原のスマートフォンには花のアイコンのEUREKAというアプリがあるはずと言われ、七原は自分のスマートフォンを確認する。


「……エウ、レ、カ?」


 七原のスマートフォンには確かにエウレカというアプリが入っていた。七原にはこのエウレカというアプリを自分のスマートフォンに入れた記憶はない。ツヅリは七原にこのエウレカが招待状のようなもので、このゲーム? の参加者である証だと説明をした。エウレカはツヅリ側の基準によって選ばれた人物に届ける仕組みになっており、選ばれた参加者に拒否権は存在しない。


 七原からツヅリにエウレカ? とは何なのかを説明するように要求した。


 ツヅリからエウレカとはツヅリ側で呼ばれている出来事の名で、七原たちが耳にしたことがあるエウレカは別の名で呼ばれている。その名は——


「第四次世界大戦」


「だいよじ、せかいたいせん?」


 冷静さを取り戻しかけていた七原の心臓はまた大きな音を鳴らし始める。今度は七原以外にも聞こえそうなぐらい大きな音を。


 七原はさっきまでの口調と違い少々荒げた声で、お前ゲームって言わなかったか? 殺し合い? 戦争? 聞いてない、聞いてないぞそんなこと、とツヅリに口から出たそのままの言葉を投げた。ツヅリは顔色などは一切変えず、ですのでゲーム? のようなもの、と最初からお伝えしていたではないですか、と冷静に言葉を返される。


「ふざけるな、おれ、俺は参加しない」


「ですから、私が七原様の前に現れた時点で、七原様の参加は決定されております」


 七原の口は開いている、けれども言葉は続かない。言葉に詰まる。


「七原様、いかがなさいますか? 説明書に目を通して進めるのと、目を通さずして進めるの、どちらがお好みですか?」


 その言葉をツヅリが言い放った後、七原の部屋二○四号室はまるでそこには誰もいないかのような静けさが訪れる。


 ツヅリが七原の前に現れてから時間は止まっているが、静けさが訪れてから五分が経とうとしているのをツヅリは伝える。七原の視線が動いた、視線は右の方に向いている。何かを見ている? 七原が床に置いたスマートフォンを見ている。七原は目をつぶり唇が少し動いた後、目をあけた。


 七原は右手でスマートフォンをつかんだ。ツヅリから、また警察に通報ですか? と言われた七原は、いや、と否定する。七原はツヅリにスマートフォンを見せ、この中のエウレカには説明書が入っているのかを確認する。


 ツヅリは答える。


「はい。エウレカにはルールが載っています」


 七原は先ほどのツヅリの質問に返事をした。


「俺はまず、説明書を読む派だ」


 ツヅリは本日二度目のクスッと笑った笑顔を七原に見せる。

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