あなたが善で迷うなら

nkym-wtr

あなたが善で迷うなら

 善意の難しさについては多くの人が年齢を重ねるごとに痛感していくだろう。

 というのも善意とは相手が求めているものを与える行為である。

 相手が何を求めているかを推測し、それを調達し、更に受け取ってもらう過程を経る。相手が何を求めているかは相手に聞けば一発で分かるが相手が本心を言っているかは分からない。秘密にしているかもしれないし、単純にあなたが信用されていないだけかもしれない。秘した心のうちにある本当に欲しいもの。それを推測するのは困難だしこの時点で善意の難しさに挫折しそうになる。

 調達は比較的容易である。究極の事をいえば現金があれば用意できる。問題になるのは金額である。逆に言えば金額だけである。お金では買えないものを相手が欲しがっているのならあなたに出来ることは二つだけだ。諦めるか、代わりのものを用意するか。代わりのものとは何か。それはあなた自身である。

 受け取ってもらうのは最も難しい。結論を言えば前に上げた二つの項目はこの相手に受け取ってもらえるかどうかに比べたらどうでもいいともいえる。というのも人は信頼できない相手から何も受け取りたくないし、逆に信頼できる相手からは何を受け取っても嬉しい。愛する相手から貰えるものは全て愛である。というわけで善意の行動を起こそうと考える人間はまず愛される人間になるべきである。あなたがお金持ちで、相手の心を読める人間だとしても、あなたが相手が本当に欲しいと思ってるものを今すぐ用意できても、それで相手が受け取ってくれるとは限らない。

 だからあなたが善を行いたいと考えるのなら、まず愛される人間にならなくてはならない。愛される人間とは何か。清潔感があって、身なりがしっかりしていて、何よりも私はあなたの敵ではない、あなたから何も奪いはしないという事を示せる人間だ。一緒にいて心安らげると思える相手、離れた時、それがほんのわずかな時間であれ、寂しいと感じる人間。すぐにまた連絡をとりたくなる人間だ。あなたはそういう人間にならなくてはならない。そしてそうなる事ができたなら、あなたの善は相手にきっと受け取ってもらえるだろう。

 次に考えるのは善意は果たして本当に善意か?という問題である。あなたはなぜ善行を行おうと思うのか。それは相手に喜んでもらいたいからか。救いたいからか。誰かを救う事で自分が善い気持ちになりたいからか。感謝されたいからか。見返しがほしいのか。誰かを救ってる姿を他の誰かに見せて関心を買いたいのか。社会的な立場を向上させたいのか。これらすべてか、あるいはもっと他の理由か。答えは一つである。どうでもいい。あなたが何のために人を救いたいと考えるのであっても、それが善行であるなら、きちんと救済になっているのなら、内心どう考えていようとどうでもいいのだ。飢えている人がいる。あなたはこの人を救って自分を高めたいと考える。パンを与える。飢えている人は救われた。これだけが評価の対象になり、あなたの心のうちはどうでもいい。善行を行うのなら即ち偽善は善である。

 だから、あなたは迷う必要はないのだ。

 あなたは身なりを整えて、鏡の前で笑顔をにっこりと浮かべる練習をしてから、丁寧な物腰で、相手の話に耳を傾けて、あなたの力になりたいと言えばいいのだ。拒絶されたのなら、あなたは考えればいい。これは本当の拒絶か、あるいは遠慮か。だからもう一度聞けばよい。あなたの善の心を示せばよい。それでも拒絶されるのならあなたは必要とされてないというだけの話だ。立ち去ればいい。でも相手があなたにほんの少しでも心を開いたのなら。

 その時はあなたの思うままに善を行えばいい。

 そして多くの人があなたを待っている。誰もが本当は助けが欲しい、救われたいと望み、立場や世間体、なによりも誇りの為に一人で座り込んでいる。

 何を欲しがっているか。自分の話を聞いてくれるあなた。

 何を用意してほしいか。自分の話を聞いてくれるあなた。

 何を受け取りたいのか。自分の話を聞いてくれるあなたとの時間だ。

 あなたが善で迷うのなら、その迷いが既に相手への思いやりとなっている。なぜなら自分の行為は相手にとって迷惑ではないかと考えているからだ。その時点であなたはもう善人である。迷うことはないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが善で迷うなら nkym-wtr @nkym-wtr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画