北斗の刑事

鷹山トシキ

第1話 ​刑事・日向隼人:北斗の咆哮

 東武宇都宮駅近くのガード下。日向隼人は、馴染みの餃子屋で最後の一皿を平らげた。

 中学時代、陰惨なイジメに遭っていた彼を救ったのは、ボロボロになるまで読み耽った『北斗の拳』だった。「力なき正義は無能だ」――その教えを胸に、彼は狂ったように筋トレに励み、圧倒的な肉体を手に入れた。

​ 東武署での日々は、常に組織との軋轢だった。パワハラ上司を「貴様には地獄すら生ぬるい」と睨みつけ、拳を握りしめる日々。そして2025年、35歳になった彼に下されたのは、北の大地、北海道北斗署への左遷に近い異動命令だった。

​「北斗署か……。宿命さだめだな」

​ 新函館北斗駅に降り立った日向の体躯は、厚手のコートの上からでも分かるほどビルドアップされていた。

 北斗署の刑事部屋は、ストーブの熱気と埃っぽさが混じり合っている。歓迎会などない。日向は着任早々、署の裏手にある雪積もる空き地で、上半身裸になり筋トレを開始した。

​ マイナス10度の空気の中でのデッドリフト。

​ 凍りついた鉄パイプでの懸垂。

​ 湯気となって立ち昇る汗が、彼の背中にある、過酷なトレーニングで刻まれた「七つの傷」のようなあざを浮き上がらせる。

​「おい、新入り。ここで何をやってる」

声をかけてきたのは、ベテランの老刑事だった。日 向は、血管の浮き出た腕をゆっくりと下ろし、静かに言った。

​「体を鈍らせれば、悪党の断末魔を聞き逃すことになる。それだけだ」

​ 北斗市内で発生した、連続強盗致死事件。犯人グループは元格闘家や半グレの集まりで、警察の制止を力でねじ伏せていた。

​ 現場に急行した日向の前に、金属バットを手にした大男が立ちふさがる。

「警察ごっこは終わりだ、筋肉ダルマ!」

 ​日向は動かない。ただ、静かに呼吸を整える。中学時代、自分を嘲笑った連中の顔が脳裏をよぎる。だが今の彼に、怯えはない。あるのは、鍛え上げた筋肉という名の「武器」だけだ。

​「お前たちの言葉は、もう聞こえない。……死兆星が見えたはずだ」

​ 日向の拳が、空気を切り裂く。

 ただのパンチではない。自重の数倍の負荷に耐え抜いた広背筋と、強靭な大腿筋が生み出す、重戦車のような一撃。

 相手が反応する前に、日向の指先が犯人の秘孔――もとい、急所を的確に捉えた。

​「警察官として、貴様を逮捕する。……だが、俺の筋肉が許すかどうかは別だ」

​ 北の大地で、日向隼人の新たな伝説が始まった。彼の行く先には、常にプロテインの香りと、悪党たちの悲鳴が響き渡る。

■ 日向隼人の「北斗」ルーティン

​朝食: プロテイン30gと宇都宮から取り寄せた冷凍餃子(スタミナ源)。

​捜査手法: 聞き込み中も常にハンドグリップを握り、握力を鍛え続ける。

​口癖: 「その程度の筋肉で、俺の正義に勝てると思ったか?」

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