あなたと私

@f124209

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私は今考えても不思議なくらいとても好きな人がいる。それもずっと片想い。私は片想いの恋愛しかしてこなかった。それは、私のことを好きになってくれる人がいなかったからなのだが、私は多くの人に自分の本当の姿を見せてこなかった。これは、私が本当にただ一人、自分の本当の姿を見せた人とのお話である。


「おはよう‼」

私は自分でも驚くほど透き通るような声で初めて声をかけたとも言ってもよいくらいの感じで挨拶をした。

「お、おはよう杏奈」

寛太(かんた)はそっけなさそうに感じながらもその声に挨拶をした。寛太のそんな所や、彼が文芸部としてたくさん熱心に本を読みこんでいる姿に片想いをしているということも事実だ。私がこのように声をかけることができるようになったのも高校に入って2年生のクラス替えで同じクラスになってから3か月経った頃のことなので私からするとここまでしっかりと挨拶をすることができるようになったということは相当な進歩である。私は特段部活に所属をしていることでもないし、特定の友人もいないため目立つということもなかったのだが、本を読んだりドラマを見たり、人並みのことは好きだった。私は一人で生活することが多かったので、多くの人の様子を見ていることが多かった。そんな時彼の横顔に惹かれてしまったのである。私はまたもや片想いをしてしまったなと反省をした。私の片想いはとっても成功したことがない。そう思いながらも今までの嫌な自分を忘れたいという気持ちから声をかけたのである。とても長い心の声だなと我ながら感じながら教室に入っていった。


最初に私から声をかけた時は

「何の本を読んでいるの?」という本当に曖昧過ぎて消えてしまいたくなるほど自分がその質問をされたら困るなと思ってしまうような内容であった。

「この本だけど、読んだことはあるの?」

彼はしっかりと言葉にして返してくれ、私でも知っている有名な本を読んでいた。だが、とても背表紙が汚れていてそれだけ本を大切にしている人なのだということは分かった。

「私も知ってる!それはどんな話なの?」

彼とはこのように会話を膨らませていきながらそれぞれお互いの趣味について話すことになっていった。私は特段本をしっかりと読むということはなかったので、彼の読んでいる本を教えてもらったり、彼が読みたいと思っている本の話をした。


「そろそろ夏休みだね、何か予定はあるの?」

彼の方からそのような質問をされたときは不意を突かれたような顔をしてとても私は内心驚いた。

「私は特に予定はないよ、どこかに出かけたいとは思っているよ」

どこかに出かけたいということは思っているのだが、それは何もない私自身に飽き飽きしているからであり、変わりたいと思っているからなのだとも思った。

「それなら、この本のモデルになっている場所へ行こうよ」

彼からそう声をかけられた場所は、山々が連なるいわゆる私が住んでいるような都市部ではなく、田舎の部類に含まれる街であった。私の答えはもちろん即答で

「いいよ!泊まりにする?」

こんな質問をした時点で彼に対して気があるのだという私の主張を彼に伝えていることになるので彼にどう受け止められるのか気が気でならなかった。その一瞬が長く続いた。

彼はすぐに口を開いて

「泊まりたいな、もう僕はそういう関係かと思っていたけれど」

彼がそのような答えを出してくれたことに私は生まれて初めての幸福感を覚えた。私の境遇はお世辞でも恵まれていると思うことのできる環境ではなかったため、このように誰かに愛されてるということを感じることのできる返答は私にとって何よりも嬉しい事であった。




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