第6話 保存と道具と、手のかたち
朝。 畑の葉は、昨日よりも背を伸ばしていた。
そっと根元に手を添えて、引いてみる。 土がやわらかくほどけて、 丸くふくらんだ実が顔を出した。
手のひらにちょうど収まるくらい。 つやつやしていて、 ほんのり甘い匂いがする。
「……食べごろ、か」
昨日まいたばかりの種が、 もうこんなふうに実をつけている。 不思議だけど、うれしい。
問題は、食べきれないぶんだ。
冷蔵庫も、倉庫もない。 けれど、火があって、水があって、土があって、 そして、手がある。
「……干してみるか」
林に入って、枝を拾う。 しなりのあるものを選んで、 草を裂いて、紐のかわりにする。
屋根の下で、枝を組んで、 昨日の貝の器を伏せて並べる。 風が通るように、少しだけ隙間をあけて。
「……まあ、こんなもんか」
実を並べると、 甘い香りがふわっと広がった。
風が吹いて、器の上の実が揺れる。 その音が、どこか気持ちよさそうだった。
「……保存っていうより、昼寝だな」
けれど、 干すという行為が、 育てたものとの対話の続きのように思えた。
火を起こすときも、 水をすくうときも、 土を掘るときも、 最初は全部、手でやっていた。
でも、器を作って、枝を組んで、 少しずつ“手のかたち”が広がっていった。
「……道具って、手の続きなんだな」
干し台のそばに座って、 風の音を聞く。
実が揺れるたびに、 くすぐったそうな気配がする。
「……保存って、守るってことか」
長持ちさせるだけじゃなくて、 ちゃんと見届けること。 そういうことかもしれない。
夕方。 器の中の実をひとつ手に取って、 口に運ぶ。
甘さの奥に、 ほんの少しだけ酸味が残っていた。
どこか、懐かしい味だった。
干し台のそばには、 編みかけのかごが置いてある。
明日は、それを仕上げて、 実を詰めよう。
暮らしは、またひとつ、輪郭を得た。
火と、水と、土と、 育ったものと、 それを守るための、手のかたち。
屋根の下に戻ると、 火が、ちょうどいい具合に揺れていた。
【後書き】
読んでくださって、ありがとうございます。
今回は、収穫した実をどう扱うか―― 「保存」というテーマで書いてみました。
冷蔵庫も倉庫もない世界で、 それでも何かを“残す”ために、 手を動かして、道具をつくって、 少しずつ暮らしの輪郭ができていく。
道具は、手の延長。 守ることは、見届けること。
そんなふうに感じてもらえたら、うれしいです。 次は、かごの仕上げと、もう少し先の支度の話になる予定です。
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