第2話 まずは、腹が減ってはクラフトも出来ぬ
風の音で、目が覚めた。 どこか遠くで、波が岩を叩く音がする。
目を開けると、空が青かった。 雲ひとつない、澄んだ青。
「……海?」
潮の匂い。 見渡す限り、海。 その真ん中に、ぽつんと浮かぶ島。
「……マジで、孤島か」
風が吹き抜ける。 鳥の声も、虫の羽音も、どこか遠い。
けれど、不思議と不安はなかった。
「……静かだな」
それだけで、十分だった。
「さて……まずは、腹ごしらえだな」
島の内陸に向かって歩くと、すぐに小さな林が見えてきた。
木々は背が高く、葉は濃い緑。 幹の表面はざらついていて、手のひらにしっかりとした感触を残す。
「……さて。まずは、木を一本、もらおうか」
手を当てた瞬間、ふわりと何かが頭に流れ込んできた。
『この木は、まだ若い。 でも、芯はまっすぐで、乾きも早い』
「……これが、“素材の声”ってやつか」
「よし、風刃、発動」
手のひらから、風が走った。
「うおっ!?」
目の前の木が、三本まとめて真っ二つに裂けて倒れた。
「……いやいやいや、狙ったの一本だけなんだけど」
切り口は、まるで紙を裂いたように滑らかだった。
「……チートって、こういう意味か」
風が吹き抜ける。 倒れた木々が、ざわりと揺れた。
「……加減、覚えないとダメだな」
何度も何度も、強すぎたり、弱すぎたり。 風が暴れて木を吹き飛ばしたり、逆にまったく傷つけられなかったり。
それでも、孝平はあきらめなかった。
「……よし、次は、風を“ノコギリ”みたいに……」
風を細かく振動させて、 今度は一本の木が、ゆっくりと、まっすぐに倒れた。
「……やった」
倒した木を切り分け、枝を集める。 乾いたものを選び、火を起こす準備を整える。
「火種、生成」
指先に、赤い光が灯る。 けれど――
「……っ、熱っ!」
一瞬で、火が爆ぜた。 枝が焦げ、煙が立ちのぼる。
「ちょ、ちょっと待て、強すぎるって……!」
火が一気に燃え上がり、周囲の枯れ草にまで火の粉が飛びそうになる。 孝平は慌てて、手をかざした。
「風、絞れ……いや、吸え。逆流で、火を抑える」
指先から、吸い込むような風が生まれ、火の勢いをそっと削いでいく。
「……ふぅ。あぶね。これ、下手したら山火事だぞ」
火は、暮らしの中心だ。 でも、扱いを間違えれば、すべてを焼き尽くす。
「……力ってのは、便利なだけじゃダメなんだな」
もう一度、深呼吸。 今度は、火を“起こす”んじゃなく、“育てる”つもりで。
「……おはよう、火の精霊さん。 ちょっとだけ、力を貸してくれ」
『ふふん、やっと頼ってくれたな。 いいぜ、任せとけ。優しく、あったかく、だろ?』
「……ああ。今日は、スープを作りたいんだ」
『おう、任せな! 焦がさねぇように、見ててやるよ』
小さな火が、ゆらりと灯る。 それは、まるで心音のように、 ゆっくりと、穏やかに、薪を包み込んでいった。
島を歩いて見つけたのは、 小さな貝、酸味のある赤い実、そして、 ほんのりと香ばしい匂いのする葉っぱ。
『この実、煮ると甘くなるよ』 『その葉っぱ、香りづけにぴったり』 『貝は、火を通せば大丈夫。中身はぷりぷりしてるよ』
「……助かる」
石を削って作った浅い器に、海水を少しだけ入れ、 貝と実、刻んだ葉を放り込む。
火の上に置いた石の鍋が、じわじわと熱を帯びていく。 湯気が立ちのぼり、潮と果実の混ざった香りが鼻をくすぐった。
「……うまそうだな」
しばらくして、貝が口を開いた。 孝平は、木の枝でそっとかき混ぜ、 一口、スープをすくって口に運ぶ。
「……あつっ」
けれど、その奥に、 ほんのりとした甘みと、海の旨味が広がった。
「……うまい」
それは、決して豪華な味じゃなかった。 けれど、ちゃんと“自分で作った”味だった。
「……前の世界じゃ、こんなふうに、 ゆっくり食べる時間もなかったな」
火が、ぱちぱちと音を立てる。 風が、スープの香りを運んでいく。
孝平は、もう一口、ゆっくりと味わった。
日が落ちると、島の空気は一気に冷えた。
「……やっぱり、夜は冷えるな」
倒した木の枝を組み、焚き火のそばに、簡単な風よけの壁を作る。 石を積み、葉を敷き、木の板を渡して、 なんとか身体を横たえられるだけのスペースを確保した。
「……まあ、初日にしては上出来か」
焚き火の炎が、ゆらゆらと揺れている。 その光に照らされながら、孝平は空を見上げた。
満天の星。
「……こんなに星って、あったんだな」
前の世界では、空を見上げる余裕なんて、なかった。 いつも、次の締切。 いつも、誰かの顔色。
それが、当たり前だった。
「……なんで、あんなに急いでたんだろうな」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
『焦らなくていいよ』
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
「……ああ。わかってる」
孝平は、火に手をかざす。
「明日は、ちゃんとした屋根を作ろう。 それから、貯水用の器も……」
ひとつ、またひとつ。 やることは山ほどある。 でも、今はそれでいい。
「……明日も、ちゃんと起きて、ちゃんと食って、 ちゃんと、生きよう」
焚き火の光が、静かに揺れた。 風が、そっと草を撫でる。
孝平は、目を閉じた。 その顔には、ほんの少しだけ、安らぎの色が浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます