勝利のネーミング

なかむら恵美

第1話

提案をした。

「3分ラーメン、4分でお蕎麦、5分後饂飩でどうですか?」

安いが美味い、安井の○○、は、そのままで。

拘りの宣伝文句は、続投だ。

してして成功。大成功。

「カップのデザインに、はっきり記しておきましょうよ。

大きく<熱湯3分>とか」

「いいねぇ、分かりやすくて」

「耳と視界に、入るもの。買ってみよう、と思うわ」

他社員からも評判上々。

ヤケクソが功を成し、今や話題沸騰。バンバン売れる。問い合わせがある。

「何でここに、気がつかなかったんだ!」

経済面で取り上げられる。

余りに売れて、製品が追いつかない。


前の大阪万博。

岡本太郎の「太陽の塔」が全てを集約するような催し物の1年後。

昭和46年。N社が世界初のカップ麺を発売した。

同時期に、同じようにカップラーメンを発売した企業が、実はあった。

「安井製麺株式会社」

我が社だ。

元々は、製麺業。

県内を中心に、個人商店対象の麺の卸販売を営んでいたが、新しもの好きの

当時の社長が、即、暖簾替え。

近くに小さな事務所を構え、デザイナーを雇い、営業部とやらを作った。

知り合いに容器を作るのがいたので、取引先とする。

「当たり前田のクラッカー」

このフレーズに倣(なら)い

「安いが美味い、安井の○○」

例えば、ラーメン。例えば、饂飩。

「永遠に不滅です」とばかりに、社訓にも似たフレーズとした。


5年ぐらいは順調だった。

「面白いじゃん」「いい感じ」

興味を持った客が、こぞって手にしてくれたのである。

当時の盛況ぶりは、社史や、デジタル保存された様々な媒体でしか知り得ないが、

かなりであったようだ。

社長に良く似た当時の社長は、いつも晴れやかな表情だ。


いけなかったのは、一寸した噂。

某スーパーでの客の会話だった。3,4人の井戸端会議。ご婦人達である。

「そんなに美味しくないのよね、ここ」

「安いって何だか、安っぽくない?安心の安でもあるけども」

「あ~っ、そうねぇ。安いって言う割りには、高いのよね」

「他のにしよっと!量もあるし、色々入っているし」

あっという間に拡がった。

滑るように人気ガタ落ち、商品売れずに、日々是返品。

倉庫に在庫の山が幾つも出来た。

「ああ、、、、。ダメだ」

顔面蒼白。心も闇。

「どうしたものか、ねぇ」

頭を抱えた現社長が、わたしの部にやって来たのだ。


この日、出社していたのは、わたしだけ。

他は皆々、半ば会社を棄てていた。有給を取っている人が多かった。

わたしも取っても良かったが、気がつくと出社準備をしていた。

暇であったから、自分の机で片づけなどをやっていた。

「あ~っ、宜しければ考えましょうか?わたし」

暇よりはいい。


帰宅後、某社のカップ麺を目の前に考えた。

(さて、現状は?問題は何かしら?)

どうもイマイチ分からない。

おやつを食べながらがいいかと、近所のスーパーへ。

お気に入りを2,3買う。

と、おじいさん。75、6歳であろうか?

カップ麺を手に取りながら、呟いたのだ。

「<熱湯3分>こんなに小さきゃ、見えねーじゃねぇかよ。

思い切って<3分饂飩>って名前にしてくれりゃあ、こっちも助かるのに。

そうすりゃ記憶に残るし、3分でできるって分かるしな」

(!)

閃いた。


ここだけの話。

殆ど具材も変わっていないし、麺の製法も今迄通り。

なのに何故故、名前。ネーミングを変えただけで違うのか?

「安いが美味い 安井の3分ラーメン」

「お客様各位」暫くお待ちくださいませ。

断り書きの貼り紙が、今、どこの店にも貼られている。


                              <了>

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