第1話
リビングのテレビでは、軽快な音楽に合わせてアイドルが踊っていた。
陽翔はその映像を横目に、牛乳パックに口をつけて一気に飲み干す。
「今日、親父は?」
「遅くなるって」
妹は陽翔の方を見ようともせず、テレビに釘付けのまま答えた。
二人の父親は刑事をしている。
帰ってきたり、来なかったり。
すれ違うことも多い。
それでも家庭を蔑ろにすることはなく、
帰宅したときには、必ず家族全員に等しく、力強いハグをして回るのだった。
陽翔はもう十七歳になるが、
不思議とこの暑苦しいスキンシップが嫌いではない。
「やべっ、時間」
時計を見ると、すでに八時半を回っていた。
陽翔は慌てて鞄に宿題と小さな牛乳パックを突っ込み、
そのまま家を飛び出した。
「っはよ、陽翔!」
「はよ」
自転車に跨り、声をかけてきたのは若松涼太だった。
体格の良い彼を支えているこの自転車は、なかなか根性があると思う。
陽翔は迷いなく後ろに跨り、
涼太の厚い腹筋に腕を回した。
「しっかり捕まっとけよな!」
「当たり前に」
そうしないと、命がいくつあっても足りない。
涼太はそれを合図に、これでもかというほどスピードを上げる。
ぎこぎこと軋む自転車の音は、
陽翔には悲鳴を上げているようにしか聞こえなかった。
「あ! ちょっと待てっ!」
「なんだよ」
「さっきお前ん家来る時、ブレーキ壊れたんだった!」
「はぁ!?」
やっぱり、あの音は悲鳴だったらしい。
ブレーキの利かない自転車の行き着く先はいくつかあるが、
おそらく自分たちは、あの壁にぶつかる運命なのだろう。
ガシャーン、と派手な音を立てて、
涼太と陽翔はアスファルトに投げ出された。
陽翔は左腕を大袈裟に押さえて見せる。
すると涼太は、
「悪い悪い」と笑って誤魔化した。
「もういいよ……ほら、早く立てよ」
こんなことは日常茶飯事だった。
涼太は、将来を約束されたスポーツマンだ。
転び方も上手く、咄嗟に受け身を取ることができる。
それでも周囲の大人たちは、
ほんの少しの事故で彼の才能が失われないか、
いつも冷や冷やしていた。
涼太は同じ学校に通うスポーツ科の生徒。
陽翔は普通科だ。
小学校の頃からずっと一緒で、
いわば腐れ縁。
よく言えば、幼馴染という関係だった。
ああ、今日も事故を起こしたせいで、
担任の怒号から一日が始まるのだ。
昼休み。
同級生たちは早々に昼食を済ませ、
参考書と格闘していた。
普通科とはいえ、陽翔の通う学校は進学校で、
勉強に真面目な生徒ばかりだった。
「いないな……ゆうり。
数学、教えて」
ゆうりと呼ばれた少年は、
わざとなのか、
陽翔の言葉には反応せず、
肘をついて窓の外を眺めていた。
「ゆうりってば。
牛乳やるから」
「いらねぇよ」
「あ、反応した」
無視しようとしても、
どうしても無視しきれない。
それが、ゆうりの良さだと
陽翔は知っていた。
ゆうりは学年トップの成績を誇る、
勉学に秀でた生徒だ。
ゆうりも涼太と同じ、
いわば腐れ縁の仲だった
「わざわざ理数科まで来て、暇なのか?」
「だって理数系なら、お前しかいないんだよ」
「これくらいの問題も分からねぇのかよ」
ゆうりの嫌味は、いわば挨拶のようなものだ。
「分からないから来てんだよ」
「はぁ……」
ゆうりがため息をついた、その瞬間。
教室の扉が、勢いよく開いた。
「ゆーり!! 頼む!
化学、教えてくれよ〜!」
声の主は涼太だった。
ゆうりは露骨に顔をしかめ、
近づいてくる涼太を、
しっしっと犬でも払うように手で追い払う。
「俺はな、
お前ら二人みてぇに暇じゃねぇんだよ。
他、当たれよ」
「外、見てたじゃん」
「頼むって、ゆーり!
お前が好きなグラビアアイドルとかの
写真集、買うから!」
「いねぇよ!」
「お前、いっつも牛乳飲んでるけど栄養回ってないんじゃねぇの?
意味ないじゃん」
「いや、これ飲むと落ち着くんだよね。
お前こそカルシウム足りてないからそんなカリカリするんだよ」
やっぱりあげるよと小さな牛乳パックを手渡すと、ゆうりはあからさまにイラついたかのように、牛乳パックを力をこめて握った。
「あ、そんな力込めたら潰れちゃうだろ」
「そうだよもったいねーよ!それ飲んだら身長もまた伸びるかもしれないじゃん!?」
さすがにそれは嫌味だろと陽翔は肘で涼太の脇腹を突いた。
ゆうりは非常に小柄だった。
本人ももう諦めているのか、シークレットブーツを履くような真似などはしなかった。
しかし、涼太が身長のことをいうとどうだろう。
目と眉はカッと釣り上がり、まるで歯軋りが聞こえてきそうな表情を浮かべる。
「お前みたいに図体だけでかくて頭に皺がねぇ奴に勉強なんか教えても、時間の無駄だね」
「そ、そんなこと言わずに!頼む!」
186センチの男が165センチの男に頭を下げている。
なんだか滑稽で陽翔は小さく笑みを浮かべた。
涼太が絡んでしまっては、ゆうりの不機嫌はなおらない。
陽翔はため息をつき、未だ問答し合っている2人を残し教室をあとにした。
放課後。
陽翔は外履きに履き替えながら、
ふと今朝、妹が言っていたことを思い出した。
――お父さん、遅くなるって。
ということは、
ちゃんと帰ってはくるのか。
あの熱血漢は、
一体、何時に帰ってくるのだろう。
「おかえり、陽翔!」
「えっ?」
玄関に入るなり、
父である勝が、
思いきり陽翔を抱きしめた。
まだ、十六時だ。
こんな時間に父親が家にいるなんて、
想像もしていなかった。
「ちょ、親父、くるしい」
「ああ、ごめんごめん!」
「お父さん、うるさいよー」
「はな!具合はもういいのか?」
「うん、もう熱ないよ。お母さんももうすぐパートから帰ってくるし、久々にみんなでご飯食べれるね」
妹のはなは父が作るハンバーグが大好きだった。
父も久々の料理で張り切っているのか、キッチンにはまだ焼かれていないハンバーグの種が大量に置いてあった。
「あ、牛乳切らしてる!?」
「あーごめんな陽翔、父さん全部使っちゃったよ」
「あれ俺のお小遣いで買ったのに」
「しょうがないな、お兄ちゃん
はなが買ってきてあげるよ。
というわけでお父さんお金ちょーだい!」
「はなはちゃっかりしてるなぁ」
「でもお前風邪じゃん」
「もう治ったの。ちょっとおしゃれしてくる」
「コンビニ行くだけだろ」
「そうだ、安静にしてなきゃダメだろ。お兄ちゃん自分で行きなさい」
「いいの!だってもう2日も外出てないんだもん」
「だ、だけどこんな遅い時間に女の子が1人だなんて」
「まだ16時半だよ、大丈夫!過保護なんだから」
「いいからはやく行け」
「待ってー着替える!」
コンビニに行くだけなのにやたら張り切る妹の姿で、魂胆を見抜いた。
…こいつ、ゆうりに会いに行くつもりだな。
「いってきまーす!」
「………」
「陽翔、学校はどうだ?」
「別に普通だよ。…それより、親父、なんでこんな時間に」
「いやぁ、たまには家族全員で過ごしなさいってはやく帰されてな、久々にはなが大好きなハンバーグ腕によりをかけちゃったよ」
「………警察がそんなことある?」
「あるある、働き方改革ってやつだよ」
「ふーん…………じゃ、俺も外行ってくる」
「ん?」
「はなの面白いとこ見て冷やかしに行く」
「そうか。いってらっしゃい」
陽翔はいってきます、とポツリと呟き、玄関の扉をしずかに閉じた。
「…いいお兄ちゃんになったなぁ、陽翔…!
さて、と…こいつらをどうするか、考えなくちゃな…」
牛乳を何個か購入したはなは、とある小さなドーナツ屋の前に来ていた。
手鏡で前髪を整え、リップを塗り直し、いざ店内に入店すると
いた。
ゆうりがレジを打っている。
ゆうりは、はなの存在にすぐに気がつき声をかける。
「はな。どうしたんだよ、1人で。
風邪引いてたんじゃねぇの?」
「あ、うん。もう治ったから大丈夫!」
「そうか。まだ声枯れてるけど…」
そう言いゆうりは厨房へと引っ込み、カップを片手に戻ってきた。
「ほら、飲めよ。
ホットココア。はちみつ入れたらうめぇんだよ」
「あ、ありがとう…!お金…」
「いらねぇ。さっさと治せ」
「うん…!ここで飲んでってもいい?」
「別にいいけど」
やった…!とはなは小さくガッツポーズをした。
席について、ふと外を見やるとニヤニヤと笑う兄がいた。
こ、このクソ兄貴…!
「いやぁ愉快愉快」
「うわ、入ってきた」
「ゆうりおつかれ俺にもなんかサービスして」
「やらねぇよ、10個注文しろ」
「ケチ」
「あれ、ゆうりくんお友達来てるの?」
「友達じゃないです」
「いいよ、少し早いけど休憩して!
友達と話しな」
「友達じゃないです」
「2回も言わなくてよくない?」
「大事なことだからな」
「意味わかんね…ほら、はな。
あっちに人あんま来ないベンチあるから」
「う、うん…」
お兄ちゃんナイス!たまには役立つじゃん!とはなはまたも小さくガッツポーズをした。
はなは幼い頃からゆうりが大好きだった。
口は悪いが、時折見せる優しさ、頭の良さがはなにはスマートに見えた。
兄からはあんな顔と頭だけの男なんかやめとけ、と何度も言われ、何度も冷やかされてきた。
しかし、たまにはいい仕事をする。今みたいに。
ベンチに腰掛け、ゆうりはゆっくりとカップに口をつけドリンクを飲んでいる。
そんな何気ない姿すら、はなにはかっこよく見えた。
「ちっちゃいときから好きだったよな」
「え?」
「ココア。まだ好きか?」
「う、うん」
「よかった」
ドキドキして、なにも話せない。
自分の恋心を一瞬見透かされたのかと思った。
「ゆうりくん、高校部活やってなかったよね?」
「…あぁ」
「野球、かっこよかったのに。
ほんとにもうやらないの?」
「やらねぇっつったろ」
「あ、ご、ごめん…」
「………いいよ、別に」
地雷、踏んじゃったのかな、と少し落ち込み、視線が地面へと落ちる。
コツコツ、と音が聞こえ、高そうな革靴がはなの目に入った。
顔を挙げると、スラリと長い脚のロングヘアーの男が立っており、はなと目があうと、男はメガネを掛け直した。
「どうも初めまして。
かわいらしいお嬢さんに坊や」
「な、なんだ、お前…」
美しい顔だったが、顔が青白く、まるで人間ではないように感じた。
「君はとても美しい」
「えっ、私がですか」
「ええ。美しいお嬢さん。
もっと美しくなりたいと思わないかい?」
「は、はい?」
「おい、はなに触るな変態」
「…君はなんて美しい少年だ。
口付けしたくなるくらい」
「きっしょ。こいつ不審者だ。はな、店に戻るぞ」
「ふふ。また今度。お嬢さん、坊や」
不敵に笑みを浮かべる青年に、ゆうりはゾクッと身を震わせた。
「んー、やっぱり10個は多かったな。
まぁ親父も母さんも食うか」
「はぁはぁ…」
「あ、ゆうりお前なんで息切れてるんだよ、まさか変なことしてたんじゃ」
「うるせぇ!いいからお前ははなと一緒に帰れ。絶対別行動すんなよ。
はな、わかったな、さっさと帰って風邪治せ」
「?なに」
「ゆうりくん…ありがとう。
ほら、お兄ちゃん帰るよ!」
「??」
なにがなんだかわからないまま、はなに引きずられ、帰宅した。
一体全体どうなっているんだか、説明を求めたが、はなの真っ青な顔を見て陽翔は黙って腕を引かれるしかなかった。
「おぉ、帰ったか。
ハンバーグできてるぞ」
「うん…」
「親父、俺あとにするよ。
ドーナツ4個食べたから」
「なにぃ?さっき父さんがハンバーグ作ってるの見ただろ!」
「陽翔、お父さんに謝りなさい」
「ごめん」
パートから帰ってきた母さんも加わり、四面楚歌になる陽翔。
靴を脱ぎ、余ったドーナツをはなに預け、陽翔は自室のベッドに寝転んだ。
「ゆうり、なんであんなに慌てて………はなもあんなに顔を青くして。
やっぱり、俺に言えない行為をしてたんだ。
全く最近の若者は」
独り言をつぶやくと、陽翔の耳に、わずかにツーツーという携帯の音のようなものが届いた。
「?」
無視しようかと思ったが、それは鳴り続けており、一度聞いてしまったから気になって仕方なくなってしまった。
耳を澄ましてみると、どうやら隣室の親父の部屋から聞こえているようだ。
家族は今皆リビングで夕食の時間を過ごしている。
陽翔はこっそり親父の部屋に入り、音が聞こえるクローゼットを開いた。
そこには小さなアタッシュケースがあり、その中から音が聞こえていた。
「よく聞き取れたな俺。
ゆうりと並ぶ天才になれるかも」
アタッシュケースを開くと、4つの色違いのスマートフォンのようなものが丁寧に入っており、通知音が鳴っている、赤い色のスマートフォンを陽翔は手にした。
「……どうやるんだろ」
自身が使っているものよりはるかに軽く小さく、画面が綺麗だった。
親父のやつこんな高いものを。
陽翔が手間取っていると、赤いスマートフォンはぴたりと音を止めた。
「…なんだこれ」
「陽翔。なにをしてる」
「うを!な、なんでもない。
俺もハンバーグ食べてこよっと」
「…」
陽翔は慌てて、スマートフォンをポケットに仕舞い、リビングへと向かった。
「4つもあったし、いいよな」
陽翔は自身にそう言い聞かせて、ハンバーグを口に運んだ。
次の日。
「おい」
「あれ、ゆうりじゃん。
家になにしにきたの。
結婚の挨拶はまだ無理だよ」
「ちっげぇよ!…昨日のこと、はなから聞いたか」
「いや聞いてない。
どうせ言えない内容なんだろ、そこまで野暮じゃないって」
「なに言ってんだ、昨日不審者にあったんだぞ。
今日は一緒に登校してやれよ。
俺は先行くからな」
「お前そんなことくらいメッセージで言えよ」
「うるせぇ」
ゆうりは不貞腐れて、涼太が来る前にさっさと1人で行ってしまった。
でもまさか昨日不審者にあっていたとは。
そんなこと微塵も思わなかった。
親父に伝えた方がいいだろう、と思ったのだが、今朝はやくにもう親父は出かけていた。
「はな。ゆうりきたよさっき」
「え!!ゆうりくんが!?」
「もういないけど」
「は?もっとはやく言えよ」
ダメ兄貴とつぶやくはなに陽翔は牛乳を飲みながら、我ながら口が悪い妹だと思った。
「昨日不審者と会ったんだって?」
「うん…」
「なんかされたの」
「ううん、顔を褒められただけ…」
「え、そんなことあるんだ。
はなを褒めるなんて変わってるな」
「なにそれ」
「そのままの意味」
「意味わかんない。私だって毎日頑張ってるよ」
「逆ダイエットか、流行ってるの」
「は?なんなの朝から不快なんだけど」
「もういいからはやく準備しろよ、どうせ髪やってもやらなくても変わらないよ」
「なにそれ、別に学校くらい1人で行けるもん」
「あ、牛乳忘れてる」
「いらない!」
はなは怒って乱暴に鞄を掴み、出て行ってしまった。
「もうやだ、あんな無神経なやつがお兄ちゃんなんて」
「ゆうりくんのこと茶化すし、おしゃれしたら笑ってくるし、デリカシーないし。
…私、頑張っても意味ないのかな」
「そんなことありませんよ」
驚いて振り向くと昨日の男がにっこりと不気味に笑い立っていた。
「お兄さんにそんなこと言われるのは悲しいですね。
君は昨日いた男の子と対等になるため、頑張っているのに」
「え…」
「昨日の男の子、利発そうでとっても顔が綺麗でしたね。
そんな彼に見てもらうために、髪も肌も綺麗に努力しているのでしょう」
この男は会ったばかりなのに、なぜわかるのだろう。
ゆうりは頭がよく、今まで出会った男の子の中でも特に美形だった。
そんな彼に、少しでも可愛く見られたくて、大人に見てもらいたくて、学校で禁止されているメイク以外の部分。
髪や肌に重点をおいて、努力してきた。
「1番近くにいるお兄さんに否定され、悲しいでしょう。
一緒にお兄さんを見返して、片想いの子にも振り向いてもらいましょう」
「ど、どうやって…?」
「私は、美容外科医なんです。
君は実にいい素材をお持ちだ。
私ならもっと君を美しい作品に仕上げることができる」
「え…?」
「ゆうりくんに好かれる女の子にしてあげられる」
「ど、どうやって…?」
「魔法をかけてあげましょう。シンデレラのように。
ここではなんですから、どうぞこちらへ」
「…はい」
「はなのやつ。あんなに怒らなくても」
涼太は朝練があったようだし、久しぶりに1人での登校だ。
少し言い過ぎただろうか。
喧嘩なんて日常茶飯事だからわざわざ謝らなくても自然と毎回仲直りはしているが。
「え」
学校に向かっていると、はなが知らない男の車に乗っているのが見えた。
その男は運転席に乗る瞬間、陽翔に気がつき、ニコリと笑い、運転席につき、車を発進させた。
「ま、待て!はな!」
頑張って走って追いかけたものの、当たり前だが、車に叶うわけがない。
はぁはぁと息切れし、陽翔は自身の太ももを殴りつける。
「はな」
幼い頃はいつも一緒だった。
いつも陽翔の後ろをついてまわり、なんでも真似したがったはな。
「はな…」
「親父に知らせなきゃ」
陽翔は慌てて鞄を漁りスマホを探すと、昨日親父のアタッシュケースから取った赤色のスマホが目についた。
「………?光ってる?」
よくわからず、操作すると「HANA」、「HARUTO」、「KATSU」、「SYOKO」、と竜胆家の家族の名前と、「RANA」と書かれた文字が並んでいた。
恐る恐る「HANA」という文字をタップすると、現在地が表示された。
「………!」
スマホを見ながら跡を辿ると、よくわからない屋敷にたどり着いた。
勝手に門を登り、侵入を図る。
ここにはながいるのか。
やたらと豪華な建物だ。
裏口のようなドアを発見し、建物内部へと入る。
内装は非常に豪華で、廊下は長く続き、部屋もいくつもあった。
「なんだここ。はなには似合わない。はやく一緒に帰らなきゃ」
「君は招いてないよ」
いきなり耳に息を吹きかけられ、ゾワッとする。
足音も、気配もなかった…
「はなちゃんに会いに来たんだね。美しい兄妹愛だねぇ。
私は今興奮が止まらないよ」
恍惚とした表情で、陽翔を見つめる男に、身震いした。
「はなちゃんに会わせてあげよう」
「離せ!」
陽翔の手を握り、恋人繋ぎで陽翔
陽翔は振り解こうとしたが、がっしりと掴まれており、離すことができなかった。
部屋にたどり着き、陽翔を椅子に優しく座らせる男に、さらに鳥肌がたった。
「は、はなは、はなはどこだ」
「ほら。私が作ったお皿の上で寝ているよ」
「はな…!」
はなは、規模が大きすぎる皿の上で寝ていたのだ。
一体なぜ、皿に…そしてなぜこんな大きな…
「私はもっと成熟させた方がよかったのだけれど、女王は最近せっかちでねぇ」
「はな、はな、起きろ
お前なんなんだ、なんではなを誘拐した!」
「美しさのため」
「わけがわからない」
はなは全く微動だにしない。
「お前、はなになにをした!」
「美しくなるために、彼女が完璧になるために、寝てもらっているよ。
少し刺激が強かったようだ、初々しい、素晴らしい」
恍惚とした表情ではなに近づく男に、陽翔ははなを守るように抱きしめる。
「なんなんだお前!
はなをどうするつもりだったんだ!?」
「完璧な美しさになれるんだ。
女王さまにはなちゃんを捧げて…
あぁぁ、はなちゃんが、女王さまの一部になる…なんて素晴らしいんだ」
「い、一部…?」
「そう!美しいものはより美しいものと一緒になるのが1番さ。
はなちゃんは選ばれたのさ。
女王さまの生贄に」
「い、いけ…は?」
「女王さまの血肉となれるなんてはなちゃんは素晴らしい最期を遂げることになる。
こんな名誉な事ないよぉ…ああ、妬ましい!」
血肉…生贄…
まさか、まさかこの皿の意味は……
陽翔は今まで感じた事のない恐怖に駆られ、はなを強く抱きしめた。
「はなを、はなをそんなふうにはさせない…!」
「なぜだい!?
とても名誉ある事だ。
君だって、はなちゃんの不相応な恋を馬鹿にしていたじゃないか」
「そ、それは」
「より美しくなれる、ゆうりくん以上になれる存在になれる!
今までの努力が身を結ぶ日が来たんだ!
兄として、邪魔をするのはよくないよ」
「…!?」
「女王さまの血肉となって、女王さまの糧になれるんだ、この価値がわからないか?」
「わからない…今までもこんな事してたのか…!?」
「女王さまの糧になる事が、1番なんだよ」
「そんなわけあるか!!人を騙して、誘拐して…!!
はなを唆し、勝手な価値観を押し付けて、俺はお前を許さない!!」
「なにを言っているんだい?
君ははなちゃんに酷いことをたくさん言っただろ?
なら、いらないでしょう。
くださいよ。女王さまのために」
「いやだ!!
はなは俺の大切な妹だ!!
お前らみたいなのには渡さない!」
絶対に俺が守る!」
「なん、だこれ」
「…!?」
先程まで余裕があった男も、なにが起きたのかわかってないのか、黙って陽翔を見つめていた。
陽翔は優しくはなを抱きかかえ、椅子に座らせる。
すると男はハッと我を取り戻した。
「ダメだよはるとくん。
はなちゃんをお皿に戻して」
「いやだ」
そう言い、陽翔は拳ではなが先程まで寝ていた皿を拳で割った。
皿は派手な音を立てて、粉々になり、破片が飛び散る。
男はその様子を見て、さらに恍惚とした表情を浮かべニヤニヤとしていた。
「あぁぁ、私の作品を。
なんて素晴らしい暴力だろう」
「だまれ。お前を殴る」
そう言い、陽翔は男に殴りかかると男はあっさりと陽翔の拳を受け入れてニヤニヤと笑っていた。
「あぁ、美しい、美しい兄妹だ」
そう言い、男は陽翔に2本メスを投げる。
普段であれば避けられるはずもないものを、陽翔は交わし、一本は素手でキャッチし、乱暴に床へ投げつけた。
「ああ、彫刻刀をそんな乱暴にしないでよ」
「気持ち悪い」
陽翔は流れ出る血を無視し、拳を強く握りしめる。
「はな、はな、起きれるか。
お兄ちゃんだよ」
「んん…」
はなは少しだけ身じろぎ、陽翔は安堵する。
「俺は、お前を、その女王さまとやらが嫌いになった。
絶対にこんな場所、いつか壊してやる」
「ふぅん」
男は舌舐めずりし、性的な目で陽翔を見つめる。
「今はやらないの?」
「…はなをこれ以上こんな場所にいさせるもんか」
「あああ、楽しみだなぁ、君が私を見る目が気持ちいいよ」
「…はな、帰るぞ」
陽翔は衣装を破き、傷跡に布を当て止血を試みる。
はなを抱きかかえ、悦に浸る男を尻目に、屋敷をあとにした。
「はな、はな」
「ん…?お兄ちゃん」
家のリビングにて。
はなはようやく目を覚ました。
陽翔はいつの間にやら変身は解け、いつもの制服姿に戻っていた。
「はな!」
「きゃっ!なに!?」
「よかった、はな…ごめん、いつも酷いことを。
はなは可愛い妹だ」
「なんなの、きもいー!」
はなはいきなりの陽翔の変貌にきも!と言い放ち、距離をとる。
正義感だけじゃ、足りなかった @nami_nami_
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