ティアの旅

織部

第1話 盲目の王族

氷雪のドラゴン ティアは、暇だった。


主のリドリーは、地下に潜ったきり出てこない。


どうも地下というのは、気が滅入るし、嫌いな虫が沢山いる。


だから、炎龍で夫のイグニアと、リドリーのバディを交代すると、地上に戻って来たのはいいが、やることがない。


地下と地上では驚くことに時の流れが違うらしく、ティアにとっても見知った顔は、もう魔女くらいしか生きていなかった。


「そうだ、クシナダヒメは?」


彼女の一人娘。氷焔結姫。偉大な大王スサノオのドラゴンは、彼と共に、世界を放浪しているらしい。長命な二人は、スローライフを楽しんでいるのだろう。


 ティアは、エベレス山脈に、住居を構えた。比較的低地だが、登山には向かない人の来ない場所。


「ここなら、王国を守護してくれって約束も気軽に果たせる場所だしね」


 氷雪島と比較したら、冬の嵐もマシだ。あれは、氷雪のドラゴンでやる気が無くなる。何より春の訪れは、緑が芽吹き始めて美しい。


 彼女の住まいとなる洞窟の前に、風避けと寒さ避けの結界を張る。


 これは、リドリーの妻で王国の宰相だった亡きレイラが考えた、グリーンルーム。氷雪島に残されていた温室の魔道具に、ティアの魔力を込めて完成した結界だ。


「どうも、人の暮らしに慣れたせいか、家が欲しいな」


 ティアはひとっ飛び、現王へおねだりに王城に行くことにした。王国には、過去にたくさんの貸しがある。


 もちろん、王都は大混乱。


「伝説のドラゴンが現れたぞ!」


「怒らせたのか? もう王国はお終いだ」


「祟りだ。どうする迎え撃つのか?」


 人々は恐れた。兵士たちが迎撃体制を整える前に、ティアは王城に着くと、鷹に姿を変えた。


「何だ? まったくなってないな。平和ボケだな」


 知り尽くしている王城の中を、幻影魔術をかけて、王の部屋を目指す。


「はぁ、0点だ。こんなに魔力も抑えてないのに」


 誰一人気付かない。警備兵も、戦士や

魔術師にもすれ違ったのに。


「鷹がいるよ! ミズハ」


 中庭の芝生で、一人ボールと遊んでいる小さな子が、ティアを見た。


「いえ、何もいませんよ。スメラギ」


 若いメイドが答えた。


「そうなの?」


 彼は再び、ティアを見た。いや、違う。彼の両目は閉じられている。


 ティアは、彼に興味を持った。


「急ぐ必要も無いし、王城に潜伏しようかな」


 スメラギと呼ばれた、盲目の子供はきっと王族の一人だろう。でなければこんなところで遊べない。


 だが、誰も彼を気にかける者はいない。


 狭い通路ですれ違っても、他の使用人にすら会釈もされない。逆に肩を張り、荒々しい歩き方でスメラギに近づく戦士。わざとぶつかるつもりなのだろう。


「ありゃ、弱いな。だけど騎士団長の印をつけている」

 

 転倒するだろう、と感じたティアの予測を裏切り、子供はひらりと避けた。見えている人でも、難しいはずなの間合いを一流の剣士のように。


「へえ、やるじゃん」

 

 ティアは面白いおもちゃを手に入れたように微笑んだ。

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