世界は、きっと美しい

白澤 知足

00.プロローグ

 雪しかなかった。


 エルスの視界は、白で埋め尽くされていた。空と地面の境目はなく、どこを見ても同じ色だった。吹雪の中、自分たちが前に進んでいるのか、同じ場所を歩き続けているのか、判断がつかない。


 前を歩くルカが、一度だけ振り返った。


「……まだ、歩ける?」


 短く、それだけを尋ねてきた。声は落ち着いているが、少しかすれていた。

 エルスはただ頷いた。踏み出す足には何も履いておらず、衣服は薄絹に過ぎない。手足の感覚はとうに無くなり、思考すらも凍りついているようだった。


 実際、どれだけ歩けるかは分からない。それでも、止まるわけにはいかなかった。

 足元の雪は深く、踏み出すたびに足を取られる。二人の後ろには、確かに足跡が残っているはずだった。しかし振り返っても、それはすでに消えていた。雪が、何事もなかったように埋めてしまっている。


 ルカはまた前を向き、歩き続ける。銀色の短い髪が、吹雪に煽られて揺れた。

 手には厚手の手袋をはめている。黒ずんだ革の表面から、ゆらゆらと炎が灯っていた。その灯だけが、エルスの道標みちしるべだった。


 どこから来たのかは分からない。振り返っても、そこには白しかないのだと分かっていた。

 どこに行くのかも分からない。それでも、足は自然と前に出る。止まった瞬間に、全てが終わってしまう気がした。


 この先にきっと、何かがある――。

 そう信じることだけが、エルスに出来る唯一のことだった。

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