天野さんちと卵の目醒め
矢芝フルカ
第1話 咲良と宿題
咲良はげんなりしていた。
宿題が二つもあるからだ。
ひとつは国語の時間に書き上がらなかった作文で、残りは宿題にされてしまったのだ。
題は「将来の夢」。
「なー、今日、俺んちで遊ばない? ゲームやろうぜー」
放課後、同じクラスの
「行く行く! 咲良ちゃんも行こうよ」
「……わたし、宿題があるから、行けない」
涼君と結菜ちゃんが目を丸くした。
「咲良ちゃん、作文終わってないの?」
「えー、
「作文もだし、あの『原さんへの質問』も」
「ああ〜」
涼君と結菜ちゃんの声がハモる。
宿題二つ目は「原さんへの質問」。
原さんは、宇宙飛行士だ。
今度、宇宙ステーションに行くことが決まった。
咲良が通う小学校の卒業生だという縁で、「お話を聞く会」という特別授業が組まれている。
その時に質問したいことを書いて、提出しなければならない。
「あんなの、テキトーに書いておけばいいじゃんか」
涼君は笑うけれど、その「テキトー」が、咲良には難しいのだ。
「あ! おーい!
校門から出て来た里志君に、涼君が大きく声をかける。
気付いた里志君は、タタッと嬉しそうに駆けて来た。
「うん! 何するの?」
「俺んちでゲーム。
勝手にメンバー入りされてるし。
「涼君、わたしは宿題が……」
咲良がもう一度断ろうとしたとき、
「里志!」
と、呼ぶ大人の声に、皆して振り返る。
「お母さん?」
里志君の驚いた顔。
里志君のお母さんは、ツカツカと早足で来ると、里志君の手を掴んだ。
「え、今日は塾が無い日でしょ?」
「そうよ。だから家庭教師の先生をお願いしたの。今から来られるって連絡があったから、迎えに来たのよ」
お母さんはグイグイと里志君を引っ張って行く。まるで咲良たちが目に入らないようだ。
「め、
涼君に謝る里志君の顔は、とても名残惜しそうで、咲良は気の毒に感じる。
里志君は、何度もこっちを振り返りながら、お母さんに連れられて行ってしまった。
でもそれを威張ったりすることは無く、穏やかでおとなしい。
「最近、里志のやつ、塾ばっか行ってて遊べないんだよな」
涼君はつまらなそうだ。
「……里志君、お医者さんになるから勉強が大変なんだ、って」
遠慮がちに結菜ちゃんが、口を開く。
「里志君、時々、塾の帰りにお母さんとうちのお店に来るの。その時、里志君のお母さんが言ってたの……」
結菜ちゃんの家は、商店街のお蕎麦屋さんだ。
「あれっ、里志にはお兄ちゃんが居たはずだけどな? なんか、すっげぇ頭の良い高校に行ったって、里志のお母さんが自慢してたけど?」
涼君が首を傾げる。
里志君のお父さんは、お医者さんなのだそうだ。
と、いうことは、里志君の「将来の夢」は医者というわけか。
それなら作文もスイスイ書けたんだろうな。
咲良は、校門の方を振り返った。
里志君もお母さんも、もう姿が見えなかった。
「うう〜ん、将来の夢。地球の小学生の将来の夢は、何が普通なんだろうか……」
その夜、咲良は作文用紙を前に、うんうん唸っていた。
「……ママ、地球の小学生の将来の夢は何かな?」
向かい側に座るママに、ヘルプを出してみたら……
「こら咲良! 宿題は自分でやりなさい」
台所で洗い物をしているパパに叱られた。
こんな時だけ「パパ」になるんだからなぁ〜。
咲良は口を尖らせて、作文に向き直る。
「ふーん、『将来の夢』ですか」
題名だけが書かれた用紙を、大雅兄ちゃんがのぞき込んだ。
「大佐の将来の夢を書いたらどうですか?」
わたしの夢か……。
それはもちろん、
「地球征服だな」
「ダメでしょ、それは」
大雅兄ちゃんとパパが、ぶんぶんと首を振る。
「これだけじゃないんだ。『原さんへの質問』を書かねばならない」
「ああ、宇宙飛行士に選ばれた人ですね。大佐の小学校を出ているとか?」
と、大雅兄ちゃん。
「聞きたいことぐらいあるでしょう?」
と、パパ。
「一応あるのだが、ちょっと聞いてくれるか?」
咲良はノートを取り出した。
「滞在予定の宇宙ステーションには、対異星人用の兵器の搭載はあるのですか? もしあるとしたらどのような種類の……」
「ダメでしょ、それは」
咲良の発表を遮って、大雅兄ちゃんとパパが、ぶんぶんと首を振る。
「えー、これは我々がぜひとも入手したい情報じゃないか!」
と、咲良。
「そんな事、小学生に教えてくれるわけ無いですよ!」
と、大雅兄ちゃん。
「学校の宿題を、諜報活動に濫用していけません」
と、パパ。
「じゃあどうすればいいんだ!」
と、咲良。
「小学生らしく『好きな食べ物』とか聞いておけばいいんじゃないですか?」
と、大雅兄ちゃん。
「二つも宿題があったのに、遊びに行っていた咲良が悪いですね」
と、パパ。
結局2回も叱られただけで、宿題はちっとも進まない。
咲良は「はぁ〜」とため息をついて、題名しか書かれていない作文用紙に向かうしかなかった。
銀河ハイツ102号室に住む天野さんちは、会社員のパパ、専業主婦のママ、中学2年の大雅兄ちゃん、小学2年の咲良の、どこにでもある4人家族だ。
しかし彼らの本当の姿は、地球侵略をもくろむ宇宙生命体なのだ。
地球人に擬態して地球のあらゆる情報を収集している諜報部隊、大佐(咲良)、中尉(パパ)、軍曹(大雅)、ママ、である。
彼らは地球人に察知されないよう、「普通の家族」擬態することに、全力を傾けている。
天野さんちの秘密を、地球人は誰も知らない。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます