男勝り令嬢、我慢を止めて生き生きと行きましょう!

映郎

第1話

 一月一日、年明けの日。

 世界有数の学園で有名な国、カルテシモン王国の王城の大広間では貴族が招集され、新年を祝う新年会が行われていた。

 満十五歳以上の者が参加できる新年会は大いに盛り上がっている。

 王城の料理人による美味しい料理に、成年者はお酒も入り、寒い冬ながら暖かい空気が漂っていた。


 王族の登場する前である現在、貴族に囲まれている人間が一人いた。未来の王族である皇太子の婚約者、「氷室の百合」「淑女の鏡」アルスメリア・レティクリス公爵令嬢である。

 様々な者が取り入ろうと努力する彼女を守りつつ積極的に話しかけに行っているご夫人がいた。


「お誕生日おめでとうございます、アルスメリア様。もう十六歳だなんて、わたくし感無量ですわ」

「あらコスモタシア侯爵夫人。ありがとう存じます。夫人に教鞭をとっていただいたおかげで、今のわたくしがありますのよ」

「本当にご立派になられて……。高等部でも優秀でいらっしゃるとか」

「皆様の助けをお借りしている結果です。わたくし一人の力ではありませんから」

「アルスメリア様……!」


 ほどよく謙虚である彼女の好感度は高い。

 皇太子の婚約者という立場から、元々お近づきになりたい人間は多いのだが、彼女の人柄がそれを加速させていた。

 

 貴族たちが談笑を続ける中、王座の後ろにある豪華な大扉の近くにいた衛兵が声を張り上げる。


「ガルデナ・カルテシモン国王陛下、並びに、テルミアレ・カルテシモン王妃殿下のご入場です!」


 さっと、貴族たちは王座に向かって家臣の礼を取る。洗練された、かしこまった動きである。

 玉座の後ろの大扉から、腕を組んだ国王夫婦が入ってくる。


「皆の者、面をあげよ」


 威厳のある声で命を下す国王。

 先代の汚名を見事返上した賢王、ガルデナ・カルテシモンこそ、この男である。

 そして、その夫を支え、社交界をまとめあげた、情報通であるテルミアレ・カルテシモンも、彼に並び称え慕われている。


「このような穏やかな雰囲気から新年を始められて何よりだ。今年も、皆の活躍と忠誠を祈っていよう。では、グラスを掲げよ」


 貴族は皆、酒の入ったグラスを、酒の飲めない者は、果実のジュースの入ったグラスを掲げる。

 シャンデリアからの光をグラスが反射する様は、実にきらきらとしており圧巻だ。


「新年を祝して、乾杯」


 グラスを上げ、そして一口飲む。

 とてもいい雰囲気だ。


 それを壊す人間というのは、いつの時代であっても、少なからず現れる。


「マルクス・カルテシモン皇太子殿下、並びに、ミリテリカ・エストマルト侯爵令嬢のご入場です!」


 そう言って、玉座の反対、通常王族以外が使う大扉が開かれた。

 立っていたのは、この国の第二王子であり、皇太子であるマルクス・カルテシモン。

 隣の令嬢は、元庶民であるミリテリカ・エストマルト侯爵令嬢だ。

 二人ともきれいなお辞儀を見せたが、不遜にも玉座に向かってずんずんと歩いていく。

 貴族たちは彼らの勢いに思わず道を開けるが、婚約者がいるのにも関わらず他の女性を連れている皇太子に対して冷たい目を向けている。婚約者持ちの男性にエスコートをされている令嬢にも、冷たい目が向けられていた。

 ただでさえ素行の良くない皇太子だ。ついに女性関係でも問題を起こしたかと、会場はザワザワしている。


「父上、報告があります!」

「マルクス。まずは遅れたことの謝罪からであろう」

「……遅れて、申し訳ありません」

「よろしい。それで、報告というのは?」

「はい! 私はこちらの女性と婚約します!!」


 会場中、国王すらも驚いていた。唯一驚いていなかったのは、王妃くらいだ。

 こちらの、と紹介された令嬢すらも、驚いた表情でマルクスを見ている。


「もう一度言ってくれ。誰が、何だって」


 これは、暗に国王が「さっきの発言は撤回してくれ」と言ったのと同じである。

 それを察さない人間が一人。


「はい! 私は、メリアとは婚約破棄をし、こちらのミリーと婚約します!」


 マルクス・カルテシモンとは、こういう男である。

 国王も、息子のあまりにも察しの悪い行動に絶句してしまった。

 そこに、当事者であるアルスメリアが入ってきた。


「国王陛下、発言をお許しください」

「許そう。そなたも当事者であるからな」

「ありがとう存じます。では」


 そう言って、二人組の前に立つアルスメリア。他の者は自然と、彼らを囲む形で円形に広がる。

 マルクスは自信満々な様子だが、ミリテリカは不安そうな顔をしている。

 アルスメリアは少しうつむきがちに立っているが、その顔には笑みが浮かんでいるように見える。


「まず、はじめましてエストマルト侯爵令嬢。わたくし、アルスメリア・レティクリスと申します」

「え、は、はじめまして。私は、ミリテリカ・エストマルトと――」

「ふっ、しらじらしいなメリアよ! 何が『はじめまして』だ。散々ミリーに嫌がらせをしておいて!」

「……心当たりがございません。事実無根です。第一、エストマルト様も『はじめまして』と――」

「私は、ミリー本人から相談を受けていた! お前が嫌がらせを指示していたと」


 マルクスは、人の言葉を遮って自身の意見を主張していく。

 でも皆分かっていた。アルスメリアがそんなことはしないと。彼女ほどの立場であれば、そんな姑息な真似しなくともどうとでもできる、と。

 その場の全員が呆れ、憤りを感じていた。


 そう、全員である。


「あの……」

「どうしたミリー。私に言ってごらん」

「私、一度も嫌がらせなんて受けてないんですけど」

「……は?」


 そうなのだ。マルクスが勝手に暴走した結果が、今である。


「それに、私一度も愛称で呼んでいいなんて言ってません。婚約もしません。というか、散々お断りしていましたよね。『あなた様には婚約者様がいらっしゃるじゃないですか。それに、私に婚約の意はありません』って言ってましたよね。なんなんですか、付きまとってきて。学園でもずっと着いてきて正直うざったいんですよ! 家まで着いてきたり、贈り物送りつけてきたり、手紙も、いい加減気持ち悪いんですよ! 私はそんなこと望んでません! 王族だからってなんでも許されると思わないでください! いや、王族だとかその前に、人間としてどうかと思いますよ!!」


 息を切らしながら、ストーカーされていたことを告白したミリテリカ。だんだんと声も大きくなり、余程不満がたまっていたことが伺える。

 このミリテリカという令嬢、元庶民であるのだ。貴族となったのは二年前。母親の再婚で貴族令嬢となった。そのため、感情の制御がまだ未熟な部分がある。

 けれども、今回はそれが功を奏したようだ。会場は完全に同情ムードに。アルスメリアも同情を示している。


「……可哀そうに。あなたも被害者なのですね」

「――え、あ、すみません! 私ったら大きい声を出してしまって」

「いえ、わたくしは構いませんわ。鬱憤がたまっていたんでしょう? 陛下も、構いませんわよね?」

「ああ。むしろ、愚息が申し訳ないことをしていたようだな。すまない」

「あ、頭をあげてください! 私も、特に行動を起こさず放っておいてしまったので!」


 国王が侯爵貴族に頭を下げる、これが一体どういう事態かわからないのは皇太子くらいだ。


「エストマルト様」

「は、はい」

「今まで、よく頑張られましたね」

「……は、はいぃ!」


 ミリテリカは涙を流し始める。大きな権力を持つ者からのストーカーは、やはり怖かったのだろう。

 涙を流すミリテリカと、彼女に寄り添い慰めるアルスメリア。見目の良い二人の優しく美しい様は絵画のようで、周りの者は見とれてしまう。辛くも耐えたミリテリカと、自身も辛いのに慰めるアルスメリア。二人の株は大上がりしていた。


「な、なんでだ! 私は間違ったことはしていないはずだ!」

「もう黙りなさいマルクス。もっと周りを見ることだな」

「父上、私を見捨てるのですか!?」


 大騒ぎするマルクスとそれを冷めた目で見る観衆の図が完全に出来上がっていた。

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