人間の私を欲しがるのは、異種族の彼女たちでした 〜百合転生スキル、発動中〜

ムクレイ

第1話 白き導き手と、終わりから始まる新たな人生

私の名前は涼音。

ごく普通の大学一年生だった。

趣味は百合小説と漫画を読むこと。特技と呼べるものはなく、生活も平凡そのもの。

講義に出て、アルバイトをして、好きな作品に胸をときめかせて眠りにつく

——そんな日々が、ずっと続くと思っていた。


けれどその“普通”は、あまりにも唐突に終わりを告げた。


自室で感じた異様な胸の痛み。立っていられず膝をつき、息がうまく吸えなくなる。

声は出ない。スマホを掴むことすらできない。

逃げ道も、誰かを呼ぶ術もないまま、私の世界は急速に色を失っていった。


——ああ、ここで終わるんだ。


まだ読みたい物語も、会いたい人も、叶えたい未来もあったのに。

その未練すら輪郭を溶かしながら、視界は静かに暗闇へと沈んでいった。


そして——目を開けたとき、私は知らない世界に立っていた。

目の前には、神々しいほど白い服を身にまとい、金色の髪を揺らす女性がいる。

整った顔立ちで、どこか人間離れした雰囲気をまとっていた。


状況が理解できずにいると、その女性が静かに口を開く。


「私はホルスと申します。あなたを、別の世界へ導く者です」


「……え?」


「突然で申し訳ありません。ですが、あなたは自宅で倒れ、そのまま亡くなりました」


淡々と告げられる言葉に、頭が追いつかない。


「本来なら別の魂を導く予定でしたが……わたくしたちの手違いで、あなたがこのような形になってしまいました」


「心よりお詫び申し上げます」


そう言って、ホルス様は深く頭を下げた。


「お詫びと言っては何ですが――別の世界で、第二の人生を歩んでみませんか?」


「は、はぁ……」


異世界。転生。

頭では理解しようとしているのに、実感がまるで湧かない。


「もちろん、強制ではありません。望まれないのであれば、この話はなかったことにします」


けれど――

私はまだ、人生を終わらせたくなかった。


それに、この状況。

どう考えても、よくある“異世界転生”だ。


この機会を逃すのは、もったいない。

そう思ってしまった。


「……決めました」


私は一度、深呼吸をしてから言った。


「ホルス様。私を、別の世界へ送ってください。第二の人生を歩ませてほしいです」


ホルス様は、やさしく微笑んだ。


「承知しました。それでは、その前に――特別なスキルを一つ、お授けします」


そう言って近づき、私の頭にそっと手を伸ばす。


次の瞬間、身体が一瞬だけ淡く光った。


「これで付与は完了です。また、《ユリアル》では元の世界と使用言語が異なりますので、問題なく理解できるよう調整しておきました」


「ありがとうございます」


「それでは――新しい世界、《ユリアル》へ。どうか、良い旅を」


「あ、あの……私に与えられたスキルって、いったい――」


言い切る前に、視界が白く弾けた。


「ふふ。それは……行ってからのお楽しみです」



気がつくと、私は大きな門の前に立っていた。


「……ここが、新しい世界ユリアル


高くそびえる

見上げるほどの城壁。

どこを見ても、見覚えのない景色だ。


身にまとっているのは、少し粗末な服と靴。

腰には小さな巾着袋が下がっていた。


試しに中を覗くと、見慣れないコインが入っている。

この世界のお金だろうか。


さらに、一枚のカード。


「……何これ?」


カードには、こう書かれていた。


――

身分証

〈スズネ 18歳〉

――


「……え?」


名前だけでなく、年齢まで。

首を傾げていると、門の脇にある小さな扉が開いた。


現れたのは、体格のいい男性。

四十代半ばほどで、顔や腕にいくつもの傷がある。


「おい、そこの嬢ちゃん。門の前で何してる? 旅人か?」


突然声をかけられ、思わず肩が跳ねる。


「あ、は、はい……まぁ、そんな感じです」


「女性の旅人か。珍しいな。度胸がある」


どう答えるべきか分からず、とりあえず旅人ということにしておいた。


「あの……中に入りたいんですが、いいですか?」


「いいとも。ただし、身分証は持ってるか?」


「……身分証?」


(そんなもの、聞いてない……)


慌ててポケットや巾着を探るふりをしながら、考える。


(そういえば……)


さっきのカードを取り出し、恐る恐る差し出した。


「……これ、ですか?」


「お、それだ。ちょっと預かるぞ」


「な、何をするんですか?」


「犯罪歴の確認さ。この身分証には、魔法で記録が残る仕組みになってる」


「だから、問題なければ通してやれるってわけだ」


「なるほど……」


少しして、男性はカードを返してくれた。


「問題なしだ。中に入っていいぞ」


「ありがとうございます」


「俺はウォーカー。この門の番をしてる」


「スズネです。よろしくお願いします」


「この町は初めてだろ? 困ったらいつでも聞きな」


「……あの、おすすめの宿屋ってありますか?」


少し考えたあと、ウォーカーさんは言った。


「門をくぐって真っ直ぐ行くと広場がある。そこをの右に抜ける道があるはずだ。」


「その道に入ってすぐのところに《ユラ》って看板が立った宿がある。おかみさんもいい人だ。そこに行くといい。」


「助かります」


「おう、気をつけてな」


門をくぐると、石造りの建物が並ぶ町並みが広がっていた。


(……看板の文字が読めてる)


見たこともない文字なのに、意味が自然と分かる。


(ホルス様の言ってた通りだ)


歩いていると、ふとあることに気づく。


――耳や尻尾の生えた人たち。


「……この世界には異種族がいるんだ」


漫画や小説で見た存在が、普通に暮らしていた。


少しワクワクしながら広場を抜け、教えられた通り右の道へ。

やがて、《ユラ》と書かれた看板が目に入った。


店の扉を開くと、中は酒場のような雰囲気だった。

椅子に座っている人たちは、剣や頑丈そうな装備をしている。


少し怖そうな雰囲気を感じながら、受付の方へと向かった。


「あら、いらっしゃい。」


声をかけてきたのは、落ち着いた雰囲気のお姉さん。


「あの……宿をお願いしたいんですが」


「部屋は空いてるわ。一人かしら?」


「はい」


「なら、二階の奥を使いなさい」


「料金は……」


「一人みたいだし今回はおまけで銀貨三枚でいいわ」


言われるまま硬貨を出しお姉さんに渡すと、


「あら、それは金貨よ。一枚で十分」


そう言って、お釣りを返してくれた。


「食事は一階ね。お腹すいたら降りてきなさい」


「ありがとうございます」


階段を上がり部屋に入ると、内装は簡素なベッドと机だけ。


「……今の私には十分すぎる」


ベッドに腰を下ろし、今日の出来事を思い返す。


異世界に魔法。

異種族。

冒険者っぽい人たち。


「本当に今日は色んなことがあったな…」


不安はある。

でも――


「決めたのは私だし…」


「……なんとか、やっていくしかないよね」


そう呟いたところで、急に強い眠気が押し寄せてきた。


私はそのまま、抗うこともできず、静かに眠りについた———


???「……はぁ」


???「それにしても、あの子……可愛かったな」


???「完全にタイプだわ。見た目も、雰囲気も」


???「それに……すれ違ったときの、あの匂い……」


???「思い出しただけで、ゾクゾクする」


???「……さて」


???「どうやって近づいてやろうか」


???「ふふっ……楽しみだな」


舌なめずりをする音が、静かな宿の中に溶けて消えた。


スズネは、まだ知らなかった。


自分の存在そのものが——


獣人たちにとって、抗いがたい“異常”を引き起こす存在だということを……。

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