我が家の序列は母、私、猫、父

轟ゆめ

父の順位について正式に説明しておく

我が家の序列は、母、私、猫、父。

父は最下位だが、その事実を誰よりも正確に理解している。

そして、それを一番楽しんでいる。


母の言葉は、決定事項だ。

「今日はこれでいくから」

理由は語られない。

語られないからこそ、正しい。


私は2位なので、

「それでいいと思う」という賛成か、

「そうなんだ」という撤退を選べる。


猫は3位。

私より下だが、父より上。

この差は、生活に大きく影響する。


猫が何かを落としても、

「まあ、猫だし」で終わる。

父が同じことをすると、

「なんで今?」がつく。



父は4位だ。

家族の中で一番、

発言が軽く、

存在が静かで、

しかし、よく動く。


朝、誰よりも早く起きて、

誰にも言われず家の中を一周する。

電気、蛇口、鍵、窓。

確認しても、報告はしない。

4位だからだ。



父は自分の立場をよく分かっている。

「俺は、いない前提の人間だから」

そう言って笑う。


冗談に聞こえるが、

誰も否定しない。

否定しないというのは、

認めているということだ。



そんなある日、父がいなくなった。



正確には、

「しばらく帰らない」とだけ言って出ていった。



母は一言。

「そう」


それ以上でも、以下でもなかった。

私は「了解」と言い、

猫は欠伸をした。


正直、

特別なことは起きないと思っていた。




一日目。

何も変わらない。


二日目。

まだ平気。


三日目の朝、

玄関が暗いことに気づいた。

電球が切れている。


「切れてたのね」

母はそれだけ言った。

替えない。

誰も替えない。



四日目。

ゴミ袋が残っている。

回収されなかった。


「曜日、勘違いしたかしら」

母はそう言って、袋を見たまま動かない。

私は黙って袋を引きずった。

やけに重かった。



五日目。

猫が落ち着かない。

父の部屋の前を行ったり来たりする。

呼んでも来ない。

3位は、気まぐれだ。



六日目の夜、

母がふと口にした。

「……静かね」


不満でも、心配でもない。

ただの確認。


そのとき、私は気づいた。

父がいるとき、

家には常に小さな音があった。


足音。

戸を閉める音。

遠くで流れるラジオ。


主張しない音。

でも、消えると分かる音。



七日目、電話が鳴った。

父だった。


「元気?」

それだけ。


母は少し間を置いて答えた。

「生きてるなら、それでいいわ」


電話は短かった。


私は最後に聞いた。

「いつ帰るの?」


「もうすぐ」


それだけだった。



父は何事もなかったように帰ってきた。

玄関の電球は替えられ、

ゴミ袋は消え、

猫は父の椅子で丸くなった。


母は何も言わない。

私も聞かない。


父は、4位の席に座った。


その夜、私は聞いてみた。

「お父さん、自分が家で何位か知ってる?」


父は笑った。

「4位だろ」


即答だった。


「でもな」


父は、少しだけ声を落とした。


「4位って、楽なんだ」

期待されない。

指示されない。

評価もされない。


「だから、全部見える」


「誰が疲れてるか」

「何が壊れかけてるか」

「家が、いつ静かになりすぎるか」


我が家の序列は、

母、私、猫、父。


これからも変わらない。


でも私は知っている。

この家が崩れない理由は、

一番下で、

誰にも気づかれず、

ずっと支えている人がいるからだ。

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我が家の序列は母、私、猫、父 轟ゆめ @yume_todoroki

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