第29話 新たなる秩序のはじまり
王都を覆っていた黒煙がようやく消えた。
空は蒼く澄み渡り、夜の名残が薄れていく。
瓦礫の上に立ち尽くす俺の背に、柔らかな風が吹いた。
それは、終焉と始まりを同時に告げる風だった。
アルディナは灰の中から再び動き始めていた。
帝国も王国も滅び、神でも竜でもない“人”が世界の中心に戻る。
だが、あまりにも多くの命が散った。
勝利とは呼べない、あまりにも重い代償。
“滅ぼすだけなら誰にでもできる”
そう呟いたのは、かつての俺自身だった。
あの愚かな力を、再び人の手に委ねてはいけない。
ならば、これからは作る番だ。
「アレン様……」
背後からリーナの声がした。
振り向けば、傷だらけの服を身につけながらも凛とした彼女の姿があった。
その背後には、難民となった人々、竜隊の兵士、かつての帝国の捕虜たちが立っていた。
皆、瞳に同じ光を宿している。
「新しい国を、どうなさるおつもりですか?」
俺は少し空を見上げ、ゆっくりと答えた。
「国じゃない。
形に縛られない、“調和の地”だ。
王も、貴族も、支配者もいらない。
人と竜と、すべての命が対等に笑える場所を創る。」
「……それは、理想です。」
「それでもいい。理想を恐れた結果が、これまでの滅びだった。
今度こそ、夢から始めるんだ。」
リーナが微笑んだ。その表情は昔の、まだ村で畑を耕していた頃の彼女のようだった。
「なら、私も夢を見させてください。“共にある未来”を。」
頷き合うと、遠方から声が上がった。
「アレン様! 避難所の整備が完了しました!
それと、帝国残党の代表が此方に来たいと!」
叫んだのはレオンだ。彼の鎧はひどく傷んでいたが、その眼差しは揺らがない。
「通せ。」
瓦礫の中から五人の人影が現れる。
傷だらけの軍服、額に帝国紋を刻んだ紳士が一歩前へ進み、膝をついた。
「アルディナ竜王殿。
我ら、かつて帝国の影に生きた者たち。
帝国も王国も消えた今、あなたのもとで“再興”を誓いたい。」
「俺の下で……?」
男は首を振った。
「違う。“隷属”ではありません。
我らはもう、一つの旗の下で争う愚かさを痛感しました。
この大陸をもう二度と戦場にしないため、同盟を――自由な連合を築きたいのです。」
その言葉に、周囲がざわめいた。
帝国兵と竜隊、王国の民、かつて敵同士だった者たちの間に奇妙な静寂が生まれる。
俺はその沈黙を破るように、静かに口を開いた。
「……いいだろう。だが、条件がある。」
全員が息を呑んだ。
「この新しい時代では、どんな種も、どんな身分も、等しく一つの命だ。
互いの命を奪おうとした瞬間、その者は自らこの地を去る。
この約束を守れる者だけが、この“新世界”の民だ。」
帝国の男は深く頭を下げた。
「我らはそれを誓います。名も位もいらない。
ただ、子や孫が笑える場所を――そのために剣を置こう。」
その宣言をきっかけに、周囲の者たちも次々と頭を垂れた。
帝国兵も、王国兵も、竜も。
誰もが同じ地に膝をつき、異なる手を合わせた。
アルディネアの声が風に重なる。
『見よ、人の子。争いではなく祈りによって結ばれる光景は、竜の時代でも稀なことだった。
汝が望んだ調和の芽が、ここに息づいている。』
「ありがとう、アルディネア。
でもこれはまだ始まりだ。
俺がいなくなっても、この秩序が続くように……形として残さないと。」
俺は腰に差していた短剣を抜いた。
刃を大地に突き立て、その上に手を置いた。
金色の紋章が地を走り、広場全体に淡い光が広がる。
それはかつて竜と人が契約を結んだ“古き紋”。
今、それを新しい誓いの象徴として再び刻む。
「これが、俺たちの盟約――『竜環の盟(りゅうかんのめい)』だ。」
リーナが涙を流し、レオンが剣を掲げる。
次々と人々が手を胸に当て、光に誓いを重ねていく。
金と白の光が空へ伸び、やがて天空の雲を裂いた。
『人の子らよ、これより汝らは我ら竜の同胞である。
天と地の契約は、血ではなく心で結ばれた。
この誓いが途絶えることなかれ。』
アルディネアの声が大地に響いた瞬間、
そこにあった焼け野原から、小さな芽がいくつも顔を出した。
それは人と竜が再び作る大地の象徴だった。
俺は光の中、剣を下ろして微笑む。
これが、俺が選んだ道――
奪い合う時代を終わらせ、共に生きる世界を作る道。
だが、その静寂を裂くように、低い轟音が遠くから響いた。
地平の向こう、雲の境目が黒く染まり、巨大な光線が走る。
リーナが驚いて叫ぶ。
「何ですか、あれ!」
アルディネアの瞳が鋭く光る。
『……どうやら、すべてが終わったわけではないようだ。
竜王を呼ぶほどの魔力――いや、これは“外の世界”からの干渉だ。』
「外の……世界?」
『神竜の封印が解かれた反動で、遥か彼方に在るもう一つの地――“西大陸”が目覚めた。
おそらく、彼らはこの戦乱を見て動く。
次なる時代の火種になるだろう。』
俺は拳を握りしめ、空を見上げた。
穏やかな陽光が翳り、黒い雲がこちらへ迫ってくる。
その雲の奥で、巨大な影が羽ばたいている。
「まだ……続くのか。」
『嘆くな、人の子。始まりとは、常に次の戦いと向き合うものだ。
だが今度は、ひとりではない。』
リーナが頷き、俺と肩を並べた。
「そうですね。今度は、みんなで立ち向かいましょう。」
笑みを交わすと、吹き抜ける風が優しく頬を撫でた。
アルディナの旗が、新たに立つ塔の上で翻り、炎の跡地を照らす。
こうして、滅びから生まれた新しい秩序――
“竜環の盟”は、正式に世界へと宣言された。
そして、遠く西の地を焦がす影が、ゆっくりと動き出す。
再び物語が廻り始める。
だが、今度の夜明けには、確かに希望の色が宿っていた。
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