第28話 灰燼の王都、裁きの光

戦いの翌日、帝都の上空を漂っていた黒雲が晴れた。

だが大地はまだ悲鳴を上げていた。

灰と血の匂い、そして崩れた城壁の向こうで燃え残る王都の廃墟。

誰もがそこに立ち尽くし、息をすることさえ忘れていた。


「……これが、王国の末路か。」

俺は剣を杖のように地に突き立て、足元の瓦礫を見つめた。

力を得た者たちの愚かな争い、その果てに残ったのは栄光でも権威でもない。

人と竜、どちらの血でもない“無音の世界”だった。


リーナがゆっくりと近づく。

「アレン様、避難民の収容が終わりました。まだ帝国の残党はいますが……もう抵抗する気力もないようです。」


「そうか。」

空を見上げる。

雲を裂いて黄金の陽が顔を出し、瓦礫の上に淡い光を落としていた。

それは新しい時代の夜明けのようにも見えるが、同時に、滅びの灯にも見えた。


アルディネアの声が心中に響く。

『人は滅びを恐れ、滅びを繰り返す。

だが、終わりの中でしか見いだせぬ光もある。汝がそれを掴むことができるか、アレン。』


「掴むさ。俺が選んだのは“生きる側”だ。亡者の王にはならない。」


『ならば、王都の残骸に行け。

そこに、まだ清算されぬ罪が残っている。』


彼女の声に導かれるように、俺は歩を進めた。

砕けた石畳の上を進むと、折れた時計塔が見えた。

あの場所は――かつて王国の象徴として人々に希望と恐怖を与えた、“王の間”があった中心部。


崩れた扉を押し開けると、冷たい風が頬を撫でた。

王座の間は半壊しているが、玉座だけが辛うじて形を保っている。

その玉座には、誰の姿もなかった。


「……陛下は、もう。」

リーナが息を詰める。


「いや、いる。」

俺は静かに言った。


玉座の影に、一人の男が座り込んでいた。

白い衣の裾、王冠だけがかろうじて光を放つ。

王国の現王、アレクシス。

幾多の争いを終わらせることもできず、最後の惨劇を見届けることとなった男だ。


「アレン……なのか。」

かすれた声が聞こえる。

その声は、過去の威厳ではなく、後悔と疲弊の響きに満ちていた。


「久しいな。覚えはあるだろう、追放した息子だ。」


王の瞳が揺れた。

「……そうだな。お前は私の代わりに“汚れ”を背負った。

我々は竜の血を利用し、民を操るためにこの王国を築き上げた。

だが、それがどれほど恐ろしい代償を生むかを知らなかった。」


「だからといって、人を犠牲にしていい理由にはならない。」

俺は王に歩み寄る。

「祖国の名の下に、竜を剣とし、人の魂を売った。

その結果が、今の灰だ。」


王は沈黙したまま俯いた。

だが、次に口を開いたとき、その声には微かな安堵が混じっていた。


「アレン、お前が生きていて良かった。

これで誰かが、この国の“終わり”を見届けられる。

私にはもう何も残っていない。だが、お前が……真に新しい時代を――」


その言葉を最後に、王は静かに座ったまま崩れ落ちた。

彼の体は欠けた陽光を浴びながら灰となり、風に溶け消えた。


「……最後まで、支配者ではなく逃亡者だったな。」

俺は小さく呟き、剣を王冠の隣に突き立てた。


リーナが震える声で言う。

「アレン様、これで……全て解放されたのでしょうか。」


「いいや。まだだ。この亡骸に宿る罪が残っている。」


そう言って郊外の丘を望む。

そこでは、王国の生き残りの貴族たちが逃亡を図り、略奪を続けていた。

己の地位と財を守るために、民を再び虐げ始めているという報告を受けていた。


「彼らに、何を?」とリーナ。


「裁きを下す。」

俺は立ち上がる。

「神の名でも、正義の名でもない。

過去の血の輪廻をここで終わらせるために。」


空に浮かぶアルディネアの影が広がった。

彼女の瞳が金色に光り、世界が一瞬止まったように静まり返る。


『これが汝の選ぶ裁きか。』


「そうだ。人の罪は人が償う。

だが、理不尽に奪われた命たちを、俺が見過ごすことはできない。」


アルディネアが翼を広げる。

天を覆うほどの翼が光を孕み、雨のような光粒が降り注ぎ始めた。

それは炎ではない。

だが、触れたものすべての“偽り”を焼く光。


遠くの丘で逃げ惑う貴族たちが、その光に包まれ、一瞬で跡形もなく消えた。

残されたのは、黒く焦げた印章と、風化した書簡だけ。

全ての“虚飾”が燃え尽き、真実だけが残る。


「アレン様……これは……」

「浄化の炎。

憎しみではなく、償いの炎だ。

この罪を礎に、新しい国を築く。」


瓦礫の隙間から人民が顔を上げる。

彼らの表情には恐怖ではなく、涙とともに光が宿っていた。


「もう、誰も命令しない国を。」

俺は宣言した。

「ここに宣言する。

アルディナを王都とし、“竜王と人の盟約”を新たな礎とする。

この炎の上に、再び人が笑う世界をつくる。」


リーナが深く頷く。

「ならば、私たちはそれを支える柱となります。」


『汝の意志は確かだ。

ならば我は竜王として、汝の民を守ろう。

そして約束しよう――この地が再び愚かな手に染まるとき、

我らは再び天より裁きを下すと。』


光が収まり、静寂が戻る。

燃え尽きた王都に、穏やかな風が吹いた。

その風が灰を舞い上げ、やがて遠くの空へと消えていく。


数百年続いた王国の血統は、この日をもって途絶えた。

だが、その灰の大地に、新たな芽が芽吹き始める。


俺は右手を掲げ、空に残る光を掴むように言った。

「――終わりを見届けた。だから今度こそ、始まりを創ろう。」


遠く、黄金の竜が一度だけ咆哮した。

それは悲しみではなく、祝福の声。

灰燼の王都に新しい時代が訪れようとしていた。

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