第14話 魔獣の大群、試される領地の絆
夜の闇が深まった頃、森の奥から低いうなり声が聞こえた。
地面が揺れる。風が唸る。木々のざわめきが生き物の悲鳴のように響いた。
村の外れにいた見張りの隊員が慌てて駆け込んでくる。
「アレン様! 北の森で異常発生です! 魔獣の大群が……いや、群れを超えて“波”のように迫ってきます!」
「数は?」
「分かりません。視界の限り真っ黒です! おそらく百…いや、二百はいます!」
俺は息を吐き、すぐに決断した。
「鐘を鳴らせ。全住民を避難壕へ。竜隊は防衛線を張れ。
商人や民は絶対に関与させるな。」
「了解!」
隊員が走り去る。
村の中央に緊急の鐘が鳴り響き、人々が次々に動き始めた。
その音が、夜空に吸い込まれていく。
この異変はただの偶然ではなかった。
王都が動く前触れなのか、それとも、竜との契約に反応した“自然の歪み”なのか。
どちらにせよ、守りぬくしかない。
「アルディネア、聞こえるか。」
『聞こえておる、人の子。……いやな気配だ。
この森の住人ではない。外から流れ込んだ獣どもだ。』
「何者だ?」
『“魔獣寄せ”。人が魔力を使って意図的に獣を暴れさせる禁呪だ。
古代には国を滅ぼす兵器として使われた。』
「……つまり、誰かが俺たちを試してるってことか。」
『試すか、潰すか、どちらでも同じことだ。』
俺は唇を引き結び、剣を腰に差す。
「竜隊全員を北の防衛線へ集めろ。ここから先は俺が前線に立つ。」
***
夜の森はもはや獣の咆哮で満ちていた。
木々をなぎ倒し、炎のような赤い光が地を走る。
狼に似た四足獣、甲殻に覆われた巨体、翼を持つ影――まるで地獄絵図だった。
レオンが隣に立つ。
「アレン様、地形的にここが防衛の要です。左の丘を押さえれば敵の進行は止まります。」
「分かった。魔弓隊を丘に配置。近接部隊は俺に続け。」
レオンが拳を頭上にかざし、短く号令を放った。
竜隊の隊員たちが一斉に動く。
火が灯され、陣形が整っていく。
俺は剣を抜き、前へ出る。
空気が焼け、皮膚が刺すように熱い。大量の魔力がこの場に渦を巻いていた。
「アルディネア、借りるぞ。」
『存分に。汝の中に流れる我が血脈を解放せよ。』
契約の印が光り、身体が黄金の風に包まれる。
視界の奥で獣が動いた。牙を剥き、こちらに突進してくる。
「全員、構えろッ!」
最前線が激しく爆ぜた。
衝撃波で地面が割れ、土煙が立ち上がる。
だが俺たちは退かない。
剣を一振りすれば、光が走る。風刃が数十匹の魔獣を斬り裂いた。
「ふざけるなぁぁあああ!」
後方から弓の矢が放たれ、前線の敵を貫く。
その合間を縫ってレオンの双剣が舞う。
一撃ごとに疾風が生まれ、敵を切り倒す。
「なるほど、噂の竜の軍、か……!」
いつの間にか背後にヴァルドが現れていた。
普段は鍛冶槌しか振るわない彼が、今は巨大な戦斧を手にしていた。
「戦う鍛冶屋か。いいな、見せてもらおう!」
「ハッ、ここで退けば鉄が泣く!」
彼の一撃が地を叩き割り、十匹の魔獣が吹き飛んだ。
俺は風の中で笑う。
――これが、あの死にかけた辺境の姿か。
人々が自ら立ち、仲間を守り、命を懸けている。
これほど誇らしい光景があるか。
だが、まだ終わらない。森の奥が光を放ったのだ。
膨大な魔力の波が、まるで津波のように押し寄せてくる。
「……ボス級が来る。」
森を割って現れたのは、巨大な四足の獣だった。
体長十メートルを超え、背中に黒い角が幾重にも伸びている。
その爪が一歩動くだけで地面が震える。
レオンが息を呑んだ。
「“黒鋼獣(こくこうじゅう)”……! 昔、王都でも滅ぼせなかった魔獣です!」
「そうか。なら、ここで消す。」
俺は一歩前に出た。
竜の印が胸から腕に広がる。
アルディネアが上空で翼を広げた。
『人の子、我が蒼光を受けよ。』
黄金の光が落ちる。
俺の剣が白く輝いた。
足元の地面がひび割れ、風が走る。
鱗のような魔力の外殻が俺の体を覆っていく。
「始めようか。こっちは“竜人化”だ。」
黒鋼獣が咆哮する。音の衝撃だけで周囲の木が砕ける。
だがその咆哮の中、俺はまっすぐに突っ込んだ。
剣と爪がぶつかる。
火花が散り、音が世界を裂いた。
「はああああッ!」
風の刃が渦を巻き、獣の体を刻む。
だが傷の再生が早い。奴の体が黒く光り、次々と肉が盛り上がって塞がる。
「これだから厄介なんだ……!」
レオンが援護に入るが、近づくだけで吹き飛ばされる。
その巨体の前では人の刃など紙のようなものだった。
「アルディネア!」
『わかっておる。こちらの力も借りるぞ。』
空が裂けた。
巨大な竜の影が降り、口から蒼炎を吐く。
炎の奔流が獣を飲み込むが、まだ倒れない。
その炎を打ち消すほどの魔力の抵抗――もはや自然の怪物ではない。
『これは……違う。人の呪が刻まれておる。』
「やっぱり誰かが仕掛けてきたか。」
俺は剣を握り直した。
光が集中し、周囲の風がひとつの旋風となる。
「なら、俺の領地に手を出した代償、思い知らせてやる!」
叫びと同時に、剣が放たれた。
風が裂け、竜の炎と交わり一本の光線となる。
その一撃が黒鋼獣の胸を直撃し、轟音が夜を貫いた。
衝撃で土が舞い、森が揺れる。
次の瞬間、獣が崩れ落ちた。
その体は徐々に灰となり、やがて光になって消えた。
静寂が訪れる。
風の音だけが疲れた人々の間を吹き抜けた。
「……終わったか。」
レオンが膝をつく。ヴァルドは重い斧を肩に担ぎ、息を吐いた。
「さすが領主様。派手な仕事だ。」
「お前らの戦いがあったからこそだ。全員、よくやったな。」
その声に、隊員たちが歓声を上げた。
夜空に響く勝利の叫び。
この地に生きる者たちが、初めて“守れた”夜だった。
アルディネアがゆっくりと降り立ち、翼を休める。
『見事だ、人の子。だが、この戦いは始まりにすぎぬ。
この獣たちの背後には、“術者”がいる。おそらく王都だ。』
「分かってる。今日の一件で、連中は確信したはずだ。
俺が“王国にとって危険な存在”だと。」
『恐れられようが構わぬか?』
「むしろ望むところだ。だが、俺は何も壊さない。
壊してきたのは、いつだって奴らのほうだ。」
竜がゆっくり頷く。
『その言葉を忘れるな、アレン。
守る者が怒りに呑まれた時、世界は再び滅ぶ。』
「分かってる。」
空を見上げた。
黒い雲が裂け、月が姿を現す。
その光が、血に濡れた地を静かに照らした。
戦いの後、風は穏やかで、どこか優しかった。
この森は、俺たちを試したのだ。
“真に守る覚悟があるか”を。
アルディナ領は初めての総力戦に勝ち、ひとつの“国”としての絆を固めた。
だが、その勝利の報は、翌日には王都の影にも届くだろう。
新たな陰謀が、また静かに歩き始めていた。
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