RE:RE:鍵、陶酔。

木田りも

RE:RE:鍵、陶酔。

RE:RE:鍵、陶酔。


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 もう止まれない事に気付いた。

間違いの道に進んでいることを完全に理解していても、止まれないのが人間という生き物なのだ。そんなことを自覚しながら、止まれない自分を認識しながら、一歩ずつ、目の前の君に向かって歩を進める。なんて、可哀想なのだろう。


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「こんにちは〜」


異物が現れた。初めて見た時、運命だと思った。


 これから狂う僕を知っているなら、君を拒絶しただろう。しかし、感情というのは恐ろしいもので、好意というものが、僕の冷静な判断を鈍らせた。誰かの虜になるというのはこういうことを言うのだろう。異物は僕にびっくりするくらい馴染んだ。中学からの知り合いのはずだけどしっかりと話したことはない。友達の友達にいた気がするような人。友達の名前はなんだっけ?その友達づてに知り合った異物は、もう隣にいる。なんてことない顔をして、普通の

人間と同じように普通に話すものだから、

僕もつられて普通に話している。時に笑ったりしながら。こんなにも僕とは不釣り合いなのに。


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そんなに話すこともなかった。それよりも何を話せば良いのかわからなかった。男友達とそのツレ、という印象しかなかった。たまにすれ違ってなにか他愛もない話をしている。大学というのは、浅いコミュニティがいくつもできて、建前を駆使して生き延びるような環境なのだ。学生といっても、大人に近いから、表面上の、まるで仕事のような人間関係を作るのだ。僕はあまり馴染めず、少人数の話せる人だけを作り、家に帰る生活を送っていた。


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そのうち、僕の家にも侵食されるようになった。といってもただ、夜ご飯を食べに来たり、たまに泊まったりするだけだった。僕の家は大学から割と近くにあったから、それに気づくと、入り浸るようになった。僕は夢だと思った。こんなに冴えない僕でも、君みたいな美人が家に来ることがあるのか、と。僕はブサイクで孤独な男だったから。本当に夢だと思った。君とは、やがて料理を作ったり、一緒に映画を見たりするようになった。休みの日には近所のスーパーに買い出しに出かけ、帰りに近くのパン屋に寄ったり、授業が終わるのが被った日はそのまま一緒に帰ったりもした。僕たちは、

まるで、恋人のように生活を送った。ある夜、ついに一線を超えた。終わったあと、君は泣いていた。理由を聞こうとしたけれど何も話そうとはしなかった。これでもう終わりなのかなぁと思っていたけど、そのあとは、毎日のようにするようになった。それは、大学生の異常な

性欲というわけではないと思った。君は時折、遠い目をしている。


 なあ、本当はわかっているんだろう?


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・昔の夢。


僕は、君がいないとダメだと伝えた。

君に拒絶された。だから僕は諦めた。

君は違う人と歩いてる。それは僕の大学の友人で、中学の時に転校した友達。尾崎。

尾崎くんだ。思い出した。尾崎くんだ。

友達の友達、君は異物。やはり異物。

だからこそ、この生活を続けなければならない。そうじゃないと、きっと僕はおかしくなる。


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 隙間風で目を覚ました。少し肌寒い。

窓を閉めてカーテンを閉めて、外からの光を遮断する。包丁の音が台所から聞こえる。

やがて君が作ってくれたパスタを食べながら、僕はこんな話をした。


「ねえ、尾崎くんって覚えてる?」

「?」

「ほら、中学の時にいた、おとなしくて、スッとした……」

「?。」


そりゃ、覚えていないと思った。君に過去はないんだ。


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 人間は強いショックを与えられると、その後も生活を続けるためなのか、記憶を改ざんすることがあるらしい。君は紛れもなくそうだった。書き換えて置き換えて、転校とか病気とか不登校とかなにかと、理由を作った。その理由により仕方ないことなのだ。いずれまた会えると信じているようだった。僕はまだあの瞬間がフラッシュバックしている。あの時が、映像のように繰り返される。君も僕も泣いていた。周りの大人に必死に止められ、起きてしまった現実を信じられないまま、叫び続けた。羽交締めにされたのをよく覚えている。とても悲しかった。けど、僕はたぶんあの時。


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「だから、転校したんだって」

「違うよ……。」

「「遠くにさ、転校したの。だから、

仕方がないの。だけどまた会えるの。」


君はまるで呪文のように僕にそう言ってきた。


「違う……尾崎は……君も見ただろう?僕たちの目の前で……」

「見てないよ!!!!」


何かに抗うように君は放課後の校門前で叫んだ。周りからの注目なんて関係ない。というより周りの目も同情なのだろうと思った。


「僕だって認めたくないよ。だけど、認めないと先には進めない、尾崎は……」

「違う!!!!!!!!!転校!!!……」


君はそこでまた、倒れた。僕はまた保健室に君を運んだ。少しずつ君が君と離れていく。君はどんどんと異物になった。学校にも来なくなりやがて転校した、と聞いた。君までいなくなるのかと、家まで押しかけたこともある。

君のご家族は、「無事だから安心して。生きてるから。」と言ってくれたが会うことは叶わなかった。僕は尾崎が死んだ1ヶ月前に君にフラれている。その記憶もやがて霞み、曖昧なものになってきた頃、異物の君と再会したのだ。


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 僕の彼女は美人だ。可愛いとか美しいよりも、愛嬌があるタイプなんだ。誰からも好かれるタイプ。敵を作らないタイプだと思う。裏では苦労してるのかな?あまり女性関係はよくわからないけども。中学では、ある時を境に君とよく帰るようになった。君と僕はよくいろんな話をした。具体的には覚えていないが、将来の話とか諸々、これからの話をしていたと思う。未来に向かって生きる僕たちは、ゆっくりと時を重ねて、大学で再会した。昔のよしみだったから、すぐに意気投合した。やがて僕に依存するようになった彼女は、僕の家のインターホンを鳴らした。僕は君を快く迎え入れた。そして、1つになることを望んだ。


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「君と付き合ってた尾崎くんはどうして転校したの?」


君はまるで昔を見ているかのような目をした。


「尾崎くんは死んだよ。自殺。」


「なんで?」


「なんでだと思う?

税金を払えなかったからだよ。」


これは夢だ。


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「君と付き合ってた尾崎くんはどうして転校したの?」


君はまるで昔を見ているかのような目をした。


「尾崎くんはここにいるよ。」


「え?」


「君が尾崎くんじゃん。」


破産。


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これと言った特徴のないやつ。逆にいえば誰からも好かれるタイプだと思った。尾崎は、本当に良いやつで、僕と初めて会った時も、自然に話し始めた。お互い初めましてで、緊張しているのを理解している話し方。中学という狭いコミュニティで、絶対に一緒にいてくれる安心感。熱い友情というよりも、これからもずっと長く長く続くような静かな情熱を感じた。そしてその通り、自然と一緒にいるようになった。そんな時、美咲が現れたんだ。

 僕は美咲からの相談を快く受けた。だって、そうしないと美咲から嫌われるだろうし、少しでも美咲とは、話していたいだろう?だから何番目でも良い。上手くいくといい。そう思って、脇役に徹していた。やっぱり似ている2人がくっつくんだなぁと、帰り道、1人でよく泣いた。でも仕方ないことだった。僕はお互いの親友だったから、お互いのお互いによる相談をよく受けた。その度に、物分かりのいいフリをして、相手が望んでいる言葉をかけた。君たちは僕のおかげで随分と仲睦まじくなった。別れの危機も救った。すれ違いもかなり減らした。喧嘩した時はお互いのサンドバッグになった。


 なのに、なんで報われないんだろうと

 強く思った。


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「あいつさ、お前といる時の方が楽しそうなんだよ。やっぱ俺が思うのはさ、俺らはずっと友達で、3人とも別々に暮らしてさずっと、友達でいれたらたぶん1番良いんだろうねって思うよ。でもさ、俺、お前と友達で良かったよ。」


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 別に僕が望んだわけじゃないし、悲しいのも本当。でもそれと同時に、僕にもやっとチャンスが巡ってきたと思っていた。

 いや、「死んでくれたら次は絶対僕だろう」とは、かなり強く思っていた。その思いが形になってしまったとも思った。僕がお前のもう亡骸であろう状態の物体に叫んでいた時、本当は少し安堵の気持ちがあった。ようやく僕が報われるんだ、順番が回ってきたんだって。


「尾崎くん、もういないんだ。」


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僕はきっと本物の悪にはなれない。僕の良心が美咲に真実を告げた。数日後、予想していた通りに美咲はいなくなった。僕は言動と行動が伴わないのだ。酷く落ち込んだ。だけど、美咲は行くあてがないからなのか、また忘れたからなのか、すぐに帰ってきた。何度目か、帰ってきた時、僕を「尾崎くん」と呼ぶようになった。中学のあの時と同じように、僕は君をまた狂わせた。あの時はまだ前兆だった。その後会わなくなってまた、まともに戻れたんだと思ったけど、


 ああ、もう本当に狂ったんだなって思った。


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尾崎くん(僕)と美咲の生活は、驚くくらいの平穏だった。世の中の愛し合っているカップルはここまで平穏なのかと驚いた。好き同士であることが当たり前に浸透する毎日。マンネリ化の意味が少しずつ分かってきた。部屋は、2人のものになった。それぞれの私物が家のものになった。こうして1つになる。偽物も本物も1つになれば違和感が減っていくのが分かった。僕は僕で良心と戦い続けていたが、今の行動が、美咲を救っていると言い聞かせて、この生活を続けた。

 今更、尾崎くんが死ぬということは、ぼくが死ぬということと同じだ。そうすると美咲には何もなくなる。そんなことはさせられない。


 とある日、美咲がいない。鍵を忘れている。

ついにその時か。


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僕は追いつめる。美咲が時折いなくなった時、どこに行っていたか見当もつかなかったけど、ある時にようやく気づいた、というよりも見つけた。尾崎が美咲に告白したらしい河川敷だった。僕はついに美咲の領域に侵食した。美咲は拒絶の顔をして、僕から離れた。終わりだ。


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家に1人。もう2度と帰ってこない美咲を待つ。偽物は本物には勝てない。それは、記憶を失おうがもっと根底の魂的な部分で繋がっているからだと思う。憎悪が溢れていくのを感じる。自分1人の力では抑えきれない、汚い悪。一度でも好きになってしまった自分を強く恨む。そして、他人に成り代わろうとした自分への因果。その全てが美咲に対しての。大きくいえば世界への憎悪となった。誰か、


止めてくれれば良かったのに。


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あ、壊れたなって思った。

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私は、ここで死ぬ。もう目の前の男に何を言っても無駄だ。私の恋人は、何年も前に死んだ。目の前の男は、その恋人の名前を使って私に近づいた。私は気がついた。だから逃げ出した。

目の前の男は、中学の時の、同級生だ。それだけ。その後話したこともないし、関わりを持ったこともない。私の恋人の友達と言っていたけど、そんなこともない。誰か、誰か助けて。叫ぼうとしたけれど声が出ない。前にも何かに向かって叫んだことを思い出した。あの時とは違う、今はもうあの時とは違うんだ。私は平穏に暮らしたかった。もう、戻れないんだ。


「時間です。」


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 暗い小説を読み終わった感覚に似ている。

僕は、歪んだこの世界で、生きている。

こんな僕でも1度でも大きな夢を見ることが出来た世の中に感謝をした。そして、終わった後のこの世界に、生きる意味という解を求め始めた。




終わり。









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あとがき


この作品は、2回目のリメイクである。

僕自身、この作品をなぜ作ろうと思ったのか、また何故作れたのかわからない。それだけ自分らしくない小説なのだ。

秋葉原通り魔事件が大きな主題なのだが、僕が小学生の頃にこのニュースを見た。とても大きなショックを受けたことを未だに覚えている。

他にも凶悪事件はいくつもあるはずなのに、これほど恐ろしい事件はないと思っていた。それから何年も経ち、こうして作品を作るようになった頃、あの事件の裏側を知るようになった。現実の人間関係が苦手でインターネットの世界で暮らしやすいコミュニティを作っていたこと、そこでも追いやられてしまい、世間に恨みを持つようになってしまった事件。救いがない事件だなあと思ったし、何より、匿名性、今のネット社会の怖さが如実に現れた事件だと感じた。もちろん僕は参考にしただけで、設定も名前も何も意味はない。完全フィクションである。


 僕はこのような、前途多難な問題について描きたくなるのだと思ったし、それと同時に小さい頃に影響を受けた物事で、小説を書く。誰にとっての救いとかそういうのでもなく、僕が、ただ書きたいから書いているだけなので、特に意味はないと思う。だけど、読む人がこれを警笛と読むのか、ただの中村文則氏っぽい文章として読むのかは知らない。そこには干渉できないので考えてない。


 タイトルの意味も実は少しずつ変わっている。最初は登場する彼女、君への陶酔だったが、やがて、自分にも当てはまると思ったり、世の中や世間に対して普通でありたいという陶酔の意味も含む。異質でありたいと同時に溶け込みたいと思うのも同じくらい強い。人並みの幸せを嘲笑いながらも憧れる気持ちは、きっと多くの人は理解できるだろう。鍵、は自分の世界を守るためなのか、他人に渡す信頼の証なのかもわからない。ただこのタイトルで書きたい、という思いが強くあった。


読んでいただいた皆様に感謝致します。

ありがとうございます。

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