ミセマモール

ロックホッパー

 

ミセマモール

                      -修.


 「あれ、開くボタンがない・・・」

 俺は昼飯を食べようと、会社の近くの食堂の入り口に立っていた。いつもなら、自動ドアの横の白いパネルの一番下に「開く」というボタンが表示されているのだが・・・。


 昨晩は居酒屋で深酒してしまった。上司のせいだ。俺がアイデアを出して、自分で調べてまとめあげたのに、おエラさんへのプレゼンでは、得意げに、あたかも上司が自分でやりました、といった発表をしやがった。卑怯だろ・・・。俺自身、かなり力を入れていただけに、腹の立ち方も尋常ではなく、飲まずにはいられなかった。


 居酒屋の後、〆のラーメン屋に行ったところまでは覚えているが、そこからの記憶がない。いつのまにか部屋で朝を迎えていた。今日は上司が出張だったので二日酔いのまま出社はした。まだ酒が残っていたため朝飯は抜いたが、その反動か、昼に近づくと猛烈に腹が減ってきたのだった。


 「おかしい・・・」

 いつもなら、白いパネルには「マスクやサングラスを外して顔をカメラに近づけてください。」とか、「先に食券をお買い求めください。」とか、色々な注意事項が表示されている。強盗や熊侵入対策のため、自動ドアに操作が求められるようになったとテレビで言っていた。そして、パネルの一番下に大きく「開く」ボタンが表示されている。いつも注意事項は読み飛ばして、いきなり「開く」ボタンを押していた。それで難なく、自動ドアは開いていたのだが・・・。


 そういえば、白いパネルの文字がいつもより少ないように感じる。俺は、改めて白いパネルの文字を読んでみた。

 「当店は加藤様とのお取引は行いません。ご了承下さい。」

 「えっ、なんだと。食えないってことか。いや、そもそも何で俺の名前が表示されているんだ。」

 俺は唖然として、少ない文字の続きを読んだ。

 「ご質問等ございましたら、株式会社ミセマモール お客様相談窓口へ」

 その下には電話番号が表示されていた。俺は何かの間違いだろうと考え、相談窓口へ電話してみた。

 「加藤様、こちらは株式会社ミセマモール お客様相談窓口でございます。この電話は有料情報サービスとなっており、10秒10円の料金が発生いたします。ご了承ください。」

 喋り方がどうもAIのようだが、それでも金をとるのか、俺は疑問に思いつつ、質問してみた。


 「近くの食堂に入れないんだけど、どうして?」

 AIらしき相手は即座に返事をしてきた。

 「はい、加藤様のご入店をお断りする理由を御説明いたします。加藤様は、昨日、竜門ラーメンにてラーメンを一杯注文されました。そして、ラーメンに髪の毛が入っていたというご指摘をされました。これに関して、店主に土下座での謝罪を求められ、加えて慰謝料を要求され、いつまでも居座っていらっしゃいました。当社は映像からカスタマーハラスメントの可能性が高いとAI判定し、その後、弁護士の確認によりカスタマーハラスメントと認定した次第です。」

 「俺はそんなことをしたのか。酔っていて何も覚えていなんだが・・・。」

 「かなりお酒を飲まれていたことは理解しております。しかしながら、酔っていれば何をしても許されるというわけではありません。加藤様の行為は、強要罪、威力業務妨害罪、不退去罪などにあたります。」


 「ちょっと待て。俺がやらかしたのは竜門ラーメンだろう。なんで、この食堂が取引しないって言ってるんだ?」

 「はい、竜門ラーメン様も、こちらの食堂も当社のカスタマーハラスメント対策システムのユーザー様でございます。加藤様の行動はすべてのユーザー様に情報共有されており、すべてのユーザー様のお店で入店をお断りしております。」

 「え、俺の行動をみんなで共有しただって。それはプライバシー侵害じゃないのか。」

 俺は、腹が減っているせいもあるが、だんだん腹が立ってきた。情報共有なんてSNSで晒されるとの一緒じゃないか。

 「はい、正確に申し上げますと、当社以外には加藤様のお名前、顔情報、どのような行為をされたかの情報は共有しておりません。ドアの横にある白いパネルが当社の端末になっており、そちらで加藤様のお顔を認識した際にお取引中止のご案内を差し上げているものです。」

 んーん、俺には返す言葉がなかった。しかし、俺の名前の出どころは確かめておく必要があるだろう。

 「なんで俺の名前が判ったんだ?」

 「加藤様がお使いのアプリにはお名前を登録されますが、当社に情報共有することが利用契約に書いてあり、そのアプリから情報を入手しております。」

 もう何をいっても無駄なようだ。しかも、時間ごとに利用料まで取られている。ものすごく理不尽な気もするが、おそらく個人で何か逆らうことはできない仕組みなのだろう。俺は何も言わず、電話を切った。


 「食堂はここだけではない・・・」

 俺は別の店を探すことにした。要は株式会社ミセマモールと契約していない店を探せばいいだけだ。


 それから小一時間ほど歩いただろうか、ドアの横に白いパネルがない店を探したが全く見つからなかった。チェーン店はもちろん、個人経営の小さな食堂にも白パネルが付いている。昼飯が食えない・・・。


 それだけではなかった。気づけば、コンビニやスーパーにも白いパネルが付いている。いったいいつの間に付いたのだろう。お弁当やパンも変えないということか。俺は絶望にかられた。


 俺は仕方なく駅の自動販売機でパンを買って昼飯にした。さすがに自動販売機には白いパネルは付いていないようだ。まぁ、自動販売機に文句を言う奴もいないだろうし・・・。


 その夜、俺は再びに飯にありつけないという現実を叩きつけられた。会社から自宅まで、どこか白いパネルの付いていない店がないか、普段通らない路地も含めて捜し歩いた。そして、ようやく一軒のラーメン店を見つけ、のれんをくぐった。


 「へい、いらっしゃい・・・」

 ん、どすの利いた声。店内を見渡すと、なんとなく、その筋の方らしい店主が厨房に立っていた。

 「お客さん、白いパネルに断られた人ですかね。どんでもないことですよね。うちはそんなことはありませんので、どうぞゆっくりしていってください。」

 この店の雰囲気でクレームする無謀な奴はいないことだろう。

 「はぁ、どうも・・・」

 ゆっくりしていけ、と言われたものの、本能が早く店を出るべきと言っていた。しかし、店主らしき男はじっと俺を見つめている。何か頼まないわけにはいかない。

 「じゃ、ラーメン一つ」

 「はい、ラーメンいっちょー」

 店主は威勢よくラーメンを作り出し、ほどなくカウンターに座った俺に水とラーメンが出された。味はまあまあといったところだ。他に選択肢がない以上、この店をたびたび利用せざるを得ないかもしれない。


 俺はラーメンを食べ終わり、お勘定を頼んだ。

 「はい、ラーメン1杯2,000円、水1杯1,000円、テーブルチャージが2,000円、合計5,000円になります。」

 なんだと! 俺は心の中でやられたと思った。これは新手のぼったくりじゃないか。他の店で食えないことに付け込んで、ラーメン1杯で5,000円とは・・・。


 カスタマーハラスメント対策としてミセマモールというシステムができているなら、ぼったくり対策のキャクマモールといったシステムはないのだろうか。俺はしぶしぶ財布から5,000円札を取り出した。


おしまい

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