魔法少女は懊悩せよ

木盾楯

第一話 起床・翼・十一時

 ヒーローショウで、翼を使って飛ぶことになった。

 なので私は早速、肩甲骨を変形させた。

 皮膚は一瞬で破れた。骨が、ぐんぐん伸びていく……結構、痛かった。

 腕を噛んだ。イメージを消すわけにはいかないから、そして、魔法を止めるわにもいかないから。

 しょっぱい味がした。

 骨の音だろうか。ぱきぱき鳴るのが、少しうるさい。

 音がやみ、鏡を見ると、イメージ通りに翼が生えていた。いまにも飛び立てそうな両翼が、でき上がっていた。

 私の、新しい魔法だ。

 しかし、この両翼は少し動くだけのものだった。最終目的である『翼で空を飛ぶ』までの道のりは遠い。そもそも、空を飛ぶ行為には複数の魔法を使っているのだから、それに余計なものを付け加えるのは賢いやり方ではなかった。

 この私といえど、難易度が高い。

 下手をすれば墜落する。もしくはこのまま、一ミリも浮かばない。となると、私は与えられた仕事を放棄することになる……それは避けたかった。

「はーあ。よしッ」

 最悪ばかりを想像するのは時間の無駄だ。それに、もうすぐ昼食の時間だった。腹も減っている。いますぐに解決できない問題は放っておいて、まずはからっぽになった胃袋を満たすことだけを考えよう。新しい魔法となれば登録をしに行かなくてはならないし、ぐだぐだしてはいられない。

 魔力の動きを両翼から切り離せば、人間らしい背中に戻った。

 上半身裸だったせいで、私の身体は芯まで冷えきっていた。どれだけ服を着ても、あたたかさがやってこない。

 寒がりもここまでとはな。もう春だろうが。

 悪態をついても肌をさすっても、寒さはやさしくならなかった。

 ますます気が滅入るばかりだ。

 寒いと、考えたくない想いが蘇ってくる。

「んう……あっつい」

 朝起きたら自分のベッドで見知らぬ子供が眠っていた。

 といった感じに、できればふざけたことを言いたかった。そして目を逸らしたかった。だが事実として、この子供と暮らし始めてから季節は冬から春に変わっていた。

 あでやかと書いてえんと読む。

 確か、そんな自己紹介をされた気がする。

 思い出す度に、鋭利なつららが私の臓腑を刺していった。

 発する声の一つ一つが、私の失態をほじくり返していった。

 すやすや眠っているだけの、ただの子供──は、厄介者だった。

「もう昼よ。早く起きてめしを作りなさい」

 私はベッドから枕を取って、艶の顔に向けて投げた。

 ただでさえ目が覚めた直後は腹が減っている。魔法を使うと空腹は加速する。翼を生やすという可愛げがある魔法だったとしても、私の腹は減る。

 さっきのやつだけで三キロは痩せた。

 艶は返事すらせず、穏やかな寝顔で呼吸していた。

 見た目だけは綺麗なこの子供は、数多くの人間を食いものにしてきた罪深い奴である。いたいけなひとひどに対する蛮行は罰すべきなのだが、私にはその資格がなかった。そもそも自分以外の人間がどうなろうと興味がなかった。それに私は加害者だった。

 この子供に関しては、私は当事者だから興味ないとは言えない。

 だが懺悔の意はなかった。直接の原因は私ではないのだから、謝るつもりもなかった。それでも、保護者のいない艶を引き取り、この子供の願いを叶える義務が私にはあった。どちらも仕事だ。完遂すれば実績となり、そして形式上の償いにも、なりうる。

 現状、私は艶という子供を放り出すわけにはいかない。

 こちらとしても、艶という己の失態を外で遊ばせておくわけにはいかなかった。

「おあよう」

 くぐもった声が聞こえた。

 艶は、伸びをしながらベッドの上を右へ左へ転がっている。ベッドの傍らに立っていた私にぶつかると、止まった。

「いま、なん時?」

「さてね。自分で確認しなさい」

 私は自分の寒さをなくすために魔法を使った。

 これは魔法少女なら誰でも使える初歩的な魔法であり、私が一番得意な魔法だ。が、使うほうも使われるほうも、熱される。

 寝惚ける暇を与えず、それを艶に向けて放った。

「俺を、殺す気か!」 

 艶は鬼の形相で叫んだ。まったく怖くなかった。

 必死過ぎる姿を見た私は、おかしくて笑ってしまった。

 起きたばかりだからって、願い事を変えないでほしい。

 私に。

 魔法少女・虹手毬にじてまりに、自分自身を──

「殺せと言ったのはあんたよ」

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