箱の中身はなんじゃろな

青切 吉十

箱の中身はなんじゃろな

 花のお江戸の暑い盛りに、きちという若い大工が仕事帰りに歩いていると、じいさんが道端にを敷いて、その上に骨董品を広げておりました。

 そんなものに興味のない未吉が目の前を通り過ぎようとしたところ、急にじいさんが苦しみだしました。これは一大事だと思った未吉は声を上げて人を集め、自分は医者を呼びに走りました。

 医者の飲ませた薬が効いたのか、じいさんはすっかり元気になりましたが、なんと、そのじいさん、金の持ち合わせがないという話。医者が困った顔で自分を見てきた未吉は、ええい、これも何かの縁と、手持ちの金をすべて医者に渡しました。治療費には少し足りませんでしたが、それでは未吉の格好がつかないだろうと、医者は黙って金を受け取りました。

 未吉とふたりきりになると、じいさんは深々と頭を下げて、「本当にお世話になりました。お金の代わりに骨董品をひとつ差し上げましょう」と言いました。未吉は並んでいるがらくたを一瞥してから、「いいよ。そんなつもりで助けたわけじゃない」と応じたところ、老人が未吉の着物の袖をつかんで離しません。

 通行人の目を気にしながら、未吉は、きょうはえらい厄日だなと思いつつ、再度、がらくたを眺めました。

 そうしたところ、ひとつの箱が目につきました。漆塗りの真四角の箱で、上に穴が空いていました。その穴を見ていると、何となく手を入れたくなります。未吉がその中に手を入れようとしたところ、じいさんが未吉の手を叩いてじゃまをしました。

 「なにをするんだい」と未吉が手の甲をさすりながら言うと、じいさんはにっこりとほほ笑みながら、「さすが、お目が高い。それはよいものですよ。でも、穴の中に手を入れるのは、部屋で一人きりの時だけにしてください。約束ですよ。いいですね?」と未吉に同意を求めてきました。

 じいさんから箱を手渡された未吉は、困ったな、いや、いいさ、いざとなったら捨ててしまえばいい、とにかく、いまはこのじいさんから離れようと思いながら、「そんなによいものなら、さぞかし売値は高いんだろうね」と口にしました。

 すると、じいさんは高笑いしながら、「価値の分からぬ者には一銭の値打ちもない。価値の分かる者には千両万両の値打ちがある。あなたさまには、はて、どうでますかな」と言いました。

 何のことだか分からない未吉はすっかり気味が悪くなり、箱を抱えて長屋に戻りました。


 貧乏長屋の何もない部屋の真ん中に、箱を置いた未吉は、手酌酒で、ちびちびと一杯やりながら、その漆塗りの箱をしげしげと眺めたのち、手に取りました。見事な職人わざでつなぎ目はなく、中をのぞいてみても、何も入っていません。振っても何の音もしませんでした。

 「しかし、つまらないものをもらって来ちまったな。何の役にも立ちそうにない」と未吉が箱を床に置き、無造作に右手を入れたときでした。

 箱の中に何か柔らかいものが入っていると思った瞬間、何かが未吉の背中に触れました。未吉は慌てて右手を引き抜き、後ろを見ましたが、何の異変もありませんでした。

 もう一度、未吉が中に入っているものをゆっくりとつっつくと、何と言うことでしょう、天井から巨大な手が現れて、未吉の後頭部をつっつきました。

 「これは」と言いながら、未吉が右手で中のものをつまむと、巨大な指が未吉の頭をつまみました。

 未吉は頭をつままれながら、「これは、すごいものが手に入った」とひとり、興奮しました。


 未吉が腕組みをしながら、さて、ふしぎなものが手に入った、何か使い道はないかと思ったときのことです。ふいに、未吉がくしゃみをすると、鼻水のしぶきが箱の中に入るやいなや、天井からが降ってまいりました。「これはいけねえ。気をつけなけりゃ」と思いながら、ふと、未吉の視線に徳利が入りました。

 「そうだ」と思いついた未吉は、となりの家から桶を借りて来て、箱の横に置きました。それから、箱の中へ酒をそろりと数滴入れてから、部屋の隅へ逃げました。すると、天井から降ってきた酒が、部屋の真ん中をびちょびちょに濡らしました。しかし、未吉の思惑通り、桶は酒で満たされていました。

「これはよいものをもらった。これで、酒に困ることはない」

 そう言いながら、日ごろとはちがい、酒をちびちびとではなく、ぐびぐびと飲んでいたときのことでした。酒のせいかはどうか分かりませんが、未吉にひとつのひらめきが生まれしました。

「そうだ。あれを入れればいいんだ。そういうことか」

 言うが早い。未吉は床板を一枚外して、万が一の時のために隠しておいた、小判を一枚取り出しました。

 そして、箱の中へひょいと入れると、急いで玄関へ逃げ出しました。

 すると、未吉の思惑通り、大きな大きな小判が、天井から一枚降って来ました。

「これを繰り返せば、俺は大金持ちだ。千両万両。大金持ちだ」

 そのように言いながら、未吉が巨大な小判をどけて、箱の様子を見たところ、箱はどこにも見当たりませんでした。

「なるほどねえ。そうそう、うまくは行かないということか。まあ、これだけあれば、一生、遊んで暮らせるからいいや。俺の器量なら、これくらいがちょうどいいのかもな。過ぎたるは猶及ばざるが如しってやつだ」

 さすがは江戸っ子、気風きっぷのいい考えです。


 さて、この大きな小判をどうするかと考えている最中、未吉はじいさんのことを思い出しました。

「ひとり占めはいけねえ。じいさんにもわけてやらなくちゃ」

 未吉は急いで、じいさんが店を開いていた場所に行きましたが、すでにじいさんはいませんでした。

 それからしばらくの間、未吉はじいさんを探しました。

 しかし、未吉が幸せな一生を終えるまでの間、じいさんに未吉が会うことはありませんでした。

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