第五章:反物の価値
早春の朝の空気はきりりと冷たく、吐く息が白く漂います。
つうの織った反物を大切に抱えたおじいさんは、村を抜け、
少し凍った田畑のあぜ道を歩き続け、
旅人や商人が行き交う宿場町へと辿り着きました。
軒を連ねる茶屋や旅籠では、
荷を下ろす馬方の声、炭火を囲む人々の笑い声が入り混じり、
市の立つ広場は、すでに大勢の人でにぎわっていました。
魚や野菜を並べる農家、木工品を売る職人、香の匂いを漂わせる薬売り……
その中で、おじいさんはつうの織った反物を広げました。
反物は雪のように白く輝き、鶴の羽のようにしなやかで、
手に取った商人たちは思わず息をのみました。
「こんな上等な織物は見たことがねえ」
「江戸に持っていきゃ、倍じゃきかんぞ」
値はみるみる上がり、つうの織った反物は、
思ってもみなかった高値で売れました。
「こりゃ……えらいことになったぞ……」
手にした金包みの重みに、おじいさんは目を丸くしました。
信じられないような高値でした。
まさかつうの織った反物がこんな事になるなんて…。
商人たちの驚きようを思い出すだけで、胸が高鳴ります。
(つうは、ほんとうにすごい娘じゃ……
あれだけの物を、わしらに黙ってこしらえて……)
家で待っているつうの姿を思い浮かべると、
おじいさんの顔に自然と笑みがこぼれました。
「よし……今日は、ちっとばかし奮発してやるか」
いつもなら眺めるだけで素通りする惣菜屋の前で、足を止めました。
鯛の干物、漬け物の盛り合わせ、
そして、つうが喜びそうな甘いお団子を少し──
ごちそうといっても、ほんのささやかなものですが、
おじいさんにとっては特別な買い物でした。
「つうにも、おばあさんにも……こんくらい、ええじゃろう。
労をねぎらってやらにゃあな」
最後に、つうに頼まれていた糸と、
ふたりのための米や味噌などの食料をしっかりと荷に加え、
おじいさんは風呂敷と荷物をぎゅっと抱え直し、にこにこと家路につきました。
薄雪のとけた田畑に夕日がさしかかり、
道に長い影が伸びていく中、おじいさんの足取りは、浮き立っていました。
つづく~第六章へ~
次の更新予定
鶴の恩返し~羽を織る心~ 山下ともこ @cyapel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鶴の恩返し~羽を織る心~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます