未知ってなぁに?
雨宮 徹
未知ってなぁに?
今から、あなたを「未知」の世界にご案内しましょう。最後までお楽しみください。
親友:「君は、『未知の知』という言葉を知っているかい?」
僕:「いいや、知らないなぁ」
親友:「そうか、おめでとう。たった今、君は一つ大切なものを失ったよ」
僕:「大切なものを失った……? 知識を得たんだから、むしろプラスじゃないかな」
親友:「いいや。君は今、『未知の知という言葉を知らないという特権』を失ったんだ」
僕:「うーん、よく分からないや。もう少し分かりやすく教えてよ」
親友:「よし、かみ砕いて説明しようか。確か君は、ミステリー好きだったね?」
僕:「そうさ」
親友:「それは、ちょうどいい。じゃあ、一つ聞くよ。君は、この世にあるすべてのトリックを知っているかい?」
僕:「ミステリー小説の新刊が出たら、全部読むよ。だから、すべてのトリックを知っている。断言するよ」
親友:「なるほど、筋が通っている。でも、その考えには一つだけ落とし穴がある」
僕:「落とし穴? そんなはずはないよ。密室トリックも双子の入れ替わりトリックも知っている」
親友:「そして、君はこういうトリックも知っている。既存のトリックに、新しいテクノロジーを使ったものを」
僕:「そうだね。ミステリーのトリックは、アガサ・クリスティとかが考案しつくした。だから、最近のミステリー小説は、どこか既視感がある」
親友:「ふむふむ。つまり、動物が凶器というトリックも知っているわけだ」
僕:「そりゃ、そうさ。ミステリー通じゃなくても、知ってる人が多いはずだ。有名だからね」
親友:「うん、君の言う通りだ。じゃあ、犯人が配達員を装って、人の目を欺くトリックも知っているね?」
僕:「もちろん。君は、僕をおちょくっているのか?」
親友:「いいや、そんな気はない。分かりやすくするために、あえて身近な例を使っているんだ」
僕:「そりゃ、どうも」
親友:「じゃあ、こんなのはどうかな。人じゃなくて、動物の目を欺くトリックだ」
僕:「それって、『犬が吠えなかったから、犯人は飼い主だ!』と同じじゃないか?」
親友:「少し違う。たとえば、動物園にいるライオンを想像してほしい。彼らは、飼育員がホースで檻を洗浄する習慣を知っている。だから、飼育員が犯人で、何かの証拠を消すためにホースを使っても『なんだ、いつものことか』と、吠えないわけだ」
僕:「そうなるね。これは、さっきの犬の話とは少し違う。動物にとっての日常を活かしたトリックだ。初めて知った気がする。君のおかげで、また一つ知識が増えたよ。ありがとう」
親友:「そこがポイントだ。君は今、新しいトリックを知った。でも、その前は、どうだったかな」
僕:「知らなかったよ」
親友:「つまり、知らないトリックを知った時点で未知のトリックは雪のように消えるんだ」
僕:「うーん、頭がこんがらがってきた。もう少し、分かりやすい例はないかい?」
親友:「よし、分かった。君は『未知の生命体』という言葉を聞いたことがあるね?」
僕:「もちろん」
親友:「じゃあ、どんなものを想像した?」
僕:「ありきたりだけど、タコみたいに足がいっぱいある生物」
親友:「よし、いいぞ。ここで、一つ重要な点がある。『生命体』という存在を君は知っている。だけど、その生命体が、どんな姿かたちかは知らない」
僕:「そうなるね。それこそ、未知ってやつだ」
親友:「だけど、生命体がいること自体は知っている。それは、君がタコみたいな生物を想像したからだ」
僕:「うん。あれ、何だかおかしい話になってきたぞ」
親友:「いいぞ、その違和感が大事なんだ。つまり、『未知の生命体』を想像した時点で、姿かたちは分からないけれど、存在自体を知ったわけだ」
僕:「つまり、君はこう言いたいんだね。『想像した時点で未知は既知に変わる』と」
親友:「その通り。だから、こう言い換えられる。『未知である、ということを知らない時だけが、未知だ』と」
僕:「うーん。また、分からなくなってきた。まるで、言葉遊びだ」
親友:「じゃあ、切り口を変えよう。『シュレディンガーの猫』は知ってるかい?」
僕:「うん。箱の中に猫がいる。でも、箱を開けるまでは、猫が生きてるか死んでるか分からないってやつだろ」
親友:「その理解で間違いない。つまり、箱を開けるまでは生死は分からない。これが未知という状態だ。じゃあ、箱を開けたらどうなる?」
僕:「生死が明確になる」
親友:「そう、開けた瞬間に答えが分かる。つまり、既知という状態を認識した瞬間に未知はなくなるんだ」
僕:「つまり、猫が生きているか分かるまでが未知という状態。そして、分かった瞬間に既知になる?」
親友:「いいぞ、その調子だ」
僕:「ちょっと待った。そうなると、未知は認識された時点で消える。つまり、未知を認識した時点に、未知という概念を知るから」
親友:「そういうこと。これが、さっきまでのミステリーや生命体の話にも通じるわけだ」
僕:「そうなると、これから何かを想像した瞬間に未知はなくなるということか。未知である、という分類ができるから。でも、想像するまでは未知だ」
親友:「どうやら、答えにたどり着いたようだ。ここで、最初の話に戻る。この会話を始めるまで君は『未知の知』という造語を知らなかった」
僕:「でも、その単語を聞いた瞬間、既知になってしまった。未知という状況をすっ飛ばして」
親友:「そういうこと。君は『未知の知』という単語を知ってしまったから、この世から未知という存在を一つ消してしまったんだ」
僕:「なるほど、ためになったよ。そう考えると、この世は未知で溢れているように見えて、そうじゃないわけだ」
親友:「そういうこと。もう夕方だ。そろそろ帰る支度をしようか」
いかがだったでしょうか。この話し合いを見た時点で、あなたも未知を一つ失ったわけです。思考実験は奥が深いですね。
未知ってなぁに? 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993
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