第7話 記憶の回廊

白雪姫が、嘆きの城の古びた大広間に足を踏み入れた瞬間、城の空気は一変した。冷たく湿った風が吹き荒れ、壁にかかった無数の肖像画の目が、一斉に彼女を睨みつけた。


「来るのを待っていたぞ、罪深き姫よ」


空間全体に響き渡る、高慢でどこか聞き覚えのある声。それは、大広間の中央に鎮座する、高さ三メートルにも及ぶ巨大な魔法の鏡から発せられていた。鏡の表面は黒曜石のように深く、時折、紅い波紋が広がっていた。


「鏡よ、お前の誘惑はここで終わる」


白雪姫は銀の短剣を構えた。その刃先は、吸血鬼の呪いを受けた彼女の手にあっても、揺るぎなく真っ直ぐだった。


『罪を償うだと?ならばまず、お前が裏切った者たちに許しを乞え』


鏡が嗤う。その言葉が、白雪姫の心の最も脆い部分を叩いた。


直後、広間の奥から、不気味な足音と共に影が現れた。


そこにいたのは、彼女が幼少期を共に過ごした乳母うばと、城の運営を一手に担っていた執事たち、そして何人かの使用人たちだった。彼らの顔は青白く、生気がない。瞳は焦点が定まらず、まるで糸で操られた人形のようだった。


「おばあさま……執事長……」


白雪姫の心に激しい動揺が走る。彼らは皆、女王の魔の手が及ばないよう、白雪姫を陰で守り、無償の愛を注いでくれた人々だ。


「姫様、なぜこんな姿に……」


乳母が、生前の優しげな声で囁いた。だが、その手には錆びた厨房の包丁が握られている。


「あなたは私たちを愛していたでしょう? それなのに、どうして私たちを裏切るような生き方を選んだのですか?」


執事が進み出た。その冷静沈着な表情は歪み、手にした銀の燭台が鈍く光る。


彼らは鏡の魔力によって、憎悪と悲哀の感情だけを増幅され、王の手先として利用されていた。彼らを傷つけることは、白雪姫にとって、七人のこびとたちを襲った罪と等しい痛みを与えるだろう。


「感情を司る王」の真の能力は、肉体的な攻撃ではない。最も愛した者たちとの対決を通じて、彼女の贖罪の決意を揺るがし、心を折ることだった。


「退いて、皆!」白雪姫は叫んだ。


しかし、答えは無情な攻撃だった。彼らは一斉に襲いかかってきた。その動きは、吸血鬼としての白雪姫の速度には劣るものの、躊躇がなかった。


(私は、彼らを傷つけなければならないのか?……彼らが、私を愛してくれたように!)


彼女は、銀の短剣を抜くことをためらった。その一瞬の迷いが、鏡の王の思う壺だった。


『さあ、姫よ。彼らを殺すか、さもなくば、お前の愛した全てを失う恐怖に支配されて、ここで崩れ落ちるかを選べ』


鏡が発する声は、白雪姫の心臓を鷲掴みにし、彼女の紅い瞳から一筋の涙が溢れた。その涙は、吸血鬼の身体から流れ出たとは思えないほど、熱く、重いものだった。


白雪姫は、己の「愛」と「罪」を試す、最初の試練に直面していた。


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