灰と灯火のグリモワール

みむらす

序章

新しい朝が始まる(1)

 大陸の各地に備えられている女神像。

 平和と平等の象徴らしい。

 皆、朝になると女神様に祈りを捧げている。


 女神様に祈るなら何を祈ろう。

 祈れば願いを叶えてくれるのだろうか。


 それなら僕は――。



「僕もオータスみたいな英雄になる!そしてみんなを悪いやつから守るんだ!」

 毎晩、母が寝る前に聞かせてくれるお伽話。

 6歳の誕生日を迎えた少年、カインが「オータスの英雄譚」の物語を初めて聞いた夜のこと。

 いつもなら話の途中で寝てしまう彼だが、この日だけは母が語る物語に目を輝かせ、喋り疲れて眠るまで母を困らせていた。

 その4年後、瓦礫の舞う地上を両親と共に逃げ回ることになるとも知らず――。

 無邪気な少年は、物語に夢を見て、将来に希望を抱いていた。



 遠くから見てもすぐに分かる、高さ200メートルの塔。

 まだ日の出前だが、すでにその塔の頂上には朝日が当たっており、その面積が徐々に下へと伸びていく。

 白一色に統一された建物たちが朝日に照らされ、街全体が眩しく輝き始めた。

 ここは西辺圏最大の街、オルスタッドだ。

 商人も旅人も、多くの人間がこの街を目指してやってくる。


 そんなオルスタッドの住宅街。1人の少年が家から出てきた。

 少年は眠い目を擦りながら井戸の滑車にロープをセットすると、ロープの先に繋がった桶を井戸の中へと落とす。

 水に着いたバシャっとした音が井戸の中を反響して伝わるのを確認すると、ロープをゆらゆらと動かして桶の中に水を溜めた。

 そのままロープを引き、汲み上げた水で顔を洗うと、少年の意識はまるで生まれ変わったようにはっきりとしていく。

 持っていたタオルで顔を拭き、身につけていた魔獣の牙で作られた首飾りに付いた水滴を拭き取る頃には、少年は晴れやかな表情になっていた。

 昇ってきた朝日がオルスタッドの街を照らしていく。


 少年は全身をぐーっと伸ばして、大きく息を吐く。

 全身の空気が入れ替わるような深呼吸。


 いつものように新しい朝が始まる。

 ただ、1つだけ違うのは、今日が彼の9歳最後の日ということだ。

 初めて"オータスの英雄譚"を聞いたあの日からちょうど4年が経った。

 今日はいつもと違うことが起きそうな、そんな特別な予感が少年"カイン"の心を満たしていた。

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