熊負い人

水定ゆう

第1話

「お願いします、私を見つけてください!」


 私、星奈ユウは不思議なお願いをされていた。

 しかもお願いしているのは”生きている人間”じゃない。

 半透明に透けた体をした女性……幽霊にお願いされる足元には、骨が一本落ちていた。




「いい天気だね、ユウー」

「うん。何処までも青空が広がってるね」


 私と親友のセセラちゃんはハイキングに来ていた。

 誘ってくれたのはセセラちゃんで、凄く楽しい。

 綺麗な青空は澄んでいて、絶好のハイキング日和。

 だけど誰ともすれ違わないから変だなって思った。


「セセラちゃん、こんなにいい天気なのに、私達以外ハイキングに来ていないのかな?」

「うーん。やっぱりこの間のことがあるのかも?」

「この間のことって、なにかあったの?」


 セセラちゃんには心当たりがあるみたい。

 一体何があったのかな? 私は知らないから訊いてみた。

 噂が大好きなセセラちゃんは、ニヤニヤし出して答えてくれる。


「ユウはこの間、この山で人が襲われたこと知ってる?」

「えっ、そうなの!?」


 なにその話。今初めて聞いた。初耳だよ。

 私はビクンとしちゃうと、セセラは私のことをビックリさせようとする。


「うん。この山はハイキング初心者にも人気の山で、比較的安全なんだけど、この間クマに襲われた人がいたみたいなんだ」

「ええっ!?」

「それで二十代の女性が襲われて……」

「もしかして、死んじゃったって、食べられた……」


 言葉を失った私。今の時代、クマ被害はとんでもなく多い。

 東北を中心にクマに襲われて酷い目に遭った人はたくさん居る。

 死んじゃった人もいるくらいで、他人事じゃない。


 今なら帰れるかも。私は立ち止まって歩いてきた道のりをクルンと振り返る。

 だけどセセラちゃんはドンドン先に行っちゃうから、私も付いて行かないとダメ。

 一人でいる方が一番危なくて、私は視線を右往左往する。


「待ってよ、セセラちゃん。今の話って、嘘だよね?」

「嘘じゃないよ? 本当にクマは出たんだからー」


 スマホを取り出したセセラちゃん。

 今私達が来ている山のことがニュースになってる。

 一ヶ月前に本当にクマが出たみたいで、女性が襲われたことが小さな記事になっていた。


「ほ、本当だった」

「そう。だからハイキングに来る人も少ないんだよー」


 体が震えちゃった私は、やっぱり引き返そうと思った。

 セセラちゃんは逆に興奮しているヤバい子だけど、そんなの言ってられない。

 こう見えて私はビビりなんだから、こういう慣れていないことは止めよう。ねっ。


「そんなにビビらなくても、クマはもう殺されてるから心配いらないよー」

「そ、そうなの?」

「そうそう。山に来ないのは風評被害―。さっ、行こう」


 クマはもう居ないんだ。それじゃあ安心出来るかも?

 ホッと胸を撫で下ろすと、セセラちゃんは手招きをする。

 急いで追い掛けると、気を取り直してハイキングを再開した。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、到着だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「無事に着いたね」


 私達はようやく開けた場所まで辿り着いた。

 ここまで無事、クマに襲われたりもしなかった。

 取っても安心すると、両腕を振り上げるセセラちゃんは早速ポケットに手を突っ込む。


「ふぅー、気持ちがいいね」

「だねー。それじゃあ早速、あれ!?」


 セセラちゃんはスマホを取り出した。

 記念写真でも撮るのかな?

 この空気感……バズるかも(単純……)。


「どうしたの、セセラちゃん!?」

「いや、記念写真を撮りたいのにスマホの調子が、あれ?」


 セセラちゃんはキョトンとした顔をする。

 困惑しているみたいだけど、何があったのかな?

 スマホを覗き込んでみると、スマホの調子が悪そうだ。


「おかしいね。さっきまでよかったのにね」

「うーん、ちょっと待っててユウ。電波が回復する場所探してくるねー」

「あっ、ダメだよセセラちゃん。一人は危ない……行っちゃった」


 スマホの調子が悪いからって、電波を探しに行っちゃった。

 いやいや、電波は立っていたよね? それにスマホを空に掲げれば大抵電波は拾えるよね?

 私は一人は危ないと思って腕を伸ばすけど、セセラちゃんには届かなかった。


「はぁ……でも、凄くいい景色。ここで死んじゃった人もいるらしいけど、この景色を見てたのかな?」


 死んじゃった人には悪いけど、とってもいい景色。

 私は気持ちがよくなると、髪をソッと押さえた。

 吹き抜ける風が心地よくて、つい耳元に手を当てると、ザワザワと音を立てた。


「お願い聞こえて、誰か、お願い」

「聞こえて?」


 耳障りな風になっちゃった。

 必死な声で呼びかける女性がいるのかな?

 私は首を捻ってしまうと、つい繰り返して呟く。「聞こえて」って、聞こえてるよ?


「今の声って……」

「聞こえてるの!? それじゃあこっち、下、下を見て」


 私が立っているのは断崖絶壁だ。

 とっても危険なんだけど、下から声が聞こえて来る。

 下って何? もしかして、この下のことと思い、目の前の崖から眼下に視線を飛ばす。


「えっ、下?」


 私は崖から下を覗き込んでみた。

 誰も居ないけれど、今の声って気のせいだったのかな?

 キョトンとした顔をすると、もう一度声が聞こえて来た。


「やっぱり聞こえているんだね」

「えっ、は、はい!」


 やっぱり聞こえてきちゃった。

 しかも今度はさっきよりもハッキリと耳に届く。

 私はピシッと背筋が伸びると、周囲を見回した。


「やっぱり誰もいない、よね? 今の声って……」

「聞こえているんだ。それなら……お願い、こっちに来て!」

「えっ!?」


 私が顔を上げると、パッと視界が歪んだ。

 頭が痛くて仕方が無くて、グワンと意識が波に飲まれる。

 この感覚を知っている。怪異の世界だ。


「ううっ、一体なにが起きたの?」

「ごめんなさい、つい嬉しくなっちゃって。大丈夫?」

「大丈夫ですけど……って誰ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 怪異の世界だとは思ってた。それなのに敵意が無いから油断しちゃう。

 でも顔を上げてみると、女性の顔が飛び込んでくる。

 全然知らない人が現れたせいで困惑すると、私は一人で叫んじゃった。誰にも聞こえないけど……

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2025年12月19日 21:19
2025年12月20日 21:19
2025年12月21日 21:19

熊負い人 水定ゆう @mizusadayou

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