第4話 こいつ、やばいやつにゃ。


 むかしむかし。


 四の村から五の村に、若く美しい娘が行商にやってきました。

 彼女の名前は、ケシュテ。

 徒歩で丸一日もかかる距離を、大きな行商の荷物を背負ってやってきたケシュテは、五の村近くの森の中にある滝のほとりで、一休みすることにしました。

 長旅でかいた汗を流そうと水浴びをしていた彼女の姿を、たまたま水遊びに来た五の村のハンサムな若者イカールが目撃してしまいます。

 一目でケシュテに心を奪われたイカールは、驚いて警戒する彼女に自分は五の村の人間で、怪しい者ではないと伝え、その後、五の村での彼女の行商を一生懸命に手伝いました。

 ケシュテの持ってきた品物は飛ぶように売れ、たちまちなくなりました。

 感謝するケシュテに、イカールは、また手伝わせてほしい、と答えます。

 それからは、行商のたびにケシュテはイカールを訪ねました。

 二人が恋仲になるのに、時間はかかりませんでした。


 けれど、二人の親はどちらもこの恋に猛反対します。

 なぜなら、ケシュテもイカールも、それぞれの家にとってたった一人の子供だったからです。

 結婚してどちらかの村に暮らすことになれば、必然的にどちらかの家は跡取りを失うことになる。

 だから双方の親が、自分の家に嫁に(婿に)来てくれる人間と結婚することを望んでいたのです。

 しかし、ダメと言われればかえって燃え上がるのが恋愛の常。

 二人は――



「待て待て。待つにゃ」

 猫が前足を突き出して僕の話を遮ってきた。

「なんだよ、ここからがいいところなのに」

「いや、なんか昔ばなしみたいなのが始まったにゃ。これいつまで続くにゃ」

「いつまでって、滝の名前が決まるまでだよ。当たり前だろ、由来なんだから」

「やばいやつにゃ」

 猫は言った。

「こいつ、やばいやつにゃ。やばいやつに頼んでしまったにゃ」

「いいかい? 続けるよ?」

 僕は由来の説明を再開する。



 二人は、親の目を盗んでこっそりと逢瀬を重ねていました。

 待ち合わせの場所はいつも、二人が初めて出会ったあの滝でした。

 二人はひそかに愛を育み続けたものの、親の意向は覆りません。

 それどころか、二人に別の相手との縁談を持ち込もうとする始末。

 追い詰められた二人は、ついに駆け落ちを決意するのです。

 二人は誓い合いました。

 四の村でも五の村でもない、誰も自分たちのことを知らないところへ行って、二人で暮らそう――



「四の村でも五の村でもないって、どうせ三の村か六の村にゃ」

「うるさいなあ、話の腰を折らないでくれ。いいところなんだから」



 二人は、日時を決めて駆け落ちを決行します。

 落ち合う場所はもちろん、あの滝です。

 駆け落ち当日、はやる気持ちを押さえて滝へとやってきたケシュテでしたが、そこにイカールの姿はありませんでした。

 ケシュテは待ち続けます。けれど、イカールはとうとう現れませんでした。

 ケシュテは、恋人に裏切られたことを悟りました。

 四の村を出てすでに一日近くが経ち、親もとっくに彼女の残してきた書置きに気付いていることでしょう。

 今さらどうして戻れるでしょうか。

 絶望したケシュテは、滝のほとりの岩に恋人への手紙を残して、滝つぼに身を投げ、命を絶ってしまうのです。



「ひどい話にゃ。ケシュテかわいそうにゃ。イカールは最低の男にゃ」

「まあ聞いてってば」



 一方のイカールは、そのころようやく家を脱出することに成功していました。

 実は、イカールに横恋慕していた五の村の娘が、彼の親に二人が駆け落ちを企てていると密告していたのです。

 そのせいで格段に厳しくなった親の監視の目をどうにかくぐりぬけて、イカールが滝にやってきたのはもう約束の日から丸一日以上が経った頃でした。

 そして、そこでイカールはケシュテの手紙を見つけます。

 全てが終わったことを悟ったイカールは絶望して、ほとりの岩に自らの頭を打ち付けて死んでしまいました。

 愛する子供を失った両家の親は、自分たちの行いを深く後悔したのでした。



「ひどい話にゃ。よくそんな話を考えつくにゃ。カタルは鬼畜にゃ」

「待ってくれってば」



 それからしばらくして、滝が突然枯れてしまいました。

 あれだけの水量を誇っていた滝が、徐々に水量を減らし、ある日ぴたりと止まってしまったのです。

 村人たちは、ケシュテとイカールの無念の気持ちが滝を枯らしてしまったのだろうと噂し合いました。



「滝が枯れたにゃー!!」

 猫が僕の顔を肉球でぺしぺしと叩く。

「枯らしてどうするにゃ! 何考えてるにゃ! 滝なくなっちゃったじゃにゃいか!」

「まあ待って。話はこれで終わりじゃないんだ」



 ある日、漂泊者ティユールが五の村に立ち寄りました。

 滝の話を聞いたティユールは、二人を憐れんで枯れた滝の前で儀式を行います。

 すると、なんということでしょう。滝は元のように甦り、豊かな水を湛えたではありませんか!



「そいつ誰にゃ! 漂泊者なんとかって何者にゃ!」

「漂泊者は、一つの場所に留まることなくこの世界を放浪している人と神の中間のような存在で、神の御使いとも世界を護る魔法使いとも言われているんだ。“まれびと”として、世界に刺激を与え、覚醒を促す役目を持っている。各地に残る神話や伝説、民話にはこのティユールをはじめとする漂泊者が不思議な力を使う物語が数多く残されている」

「数多く残されている、じゃないにゃ。とんでもないものを勝手に作るんじゃないにゃ」

「閉じた世界に変化をもたらすのはいつだって、外の世界からの来訪者なんだ。閉鎖的な考えによって、本当は幸せになるはずだった若いカップルを死なせてしまった村に変化を及ぼすのは、やはり外から来る“まれびと”の役目さ。そう考えて、漂泊者という存在を作らせてもらいました」

「作らせてもらいました、じゃにゃくて」

 猫は言った。

「あの、わしは滝の名前を」

「さあ、もう少しだ。しっかり聞いてくれ」



 漂泊者ティユールの力によって見事甦った滝でしたが、それでも二人の無念は消しきれなかったのか、二人が命を絶った季節が近づくと、水流は徐々に減り、滝は太い主流と細い支流の二つに分かれるのでした。

 それはまるで、寄り添い合う男女の姿のように見えました。

 また、イカールが頭を打ち付けた岩のあたりには、まるで彼の鮮血のような赤い葉を持つ草が生い茂るようになりました。

 そこで村人たちは、滝をケシュテの滝、赤い葉の草をイカール草と名付け、二人のことをいつまでも忘れないようにしたのだそうです。

 とっぴんぱらりのぷう。



「……ってわけ」

 猫の返事はなかったけど、多分感動してるんだろう。

 僕は続ける。

「いやー、最初は“イカールとケシュテの滝”って名前にしようと思ったんだけどね。ふたりの姿が滝になぞらえられるわけだから。でも長いし、ちょっと締まりがないでしょ? あんまり長い名前って、結局は淘汰されていくと思うんだよね。最終的には簡単な名前に省略されちゃうっていうかさ。だから、せっかく名前とその由来を考えても、呼びづらかったらやっぱり村の人は単に“滝”って呼んじゃう可能性もあると考えたんだよ。それじゃ意味がない。そうなるとできるだけシンプルにしたほうがいいじゃないか。だから、実際に滝に身を投げて命を落としたケシュテの名前だけにした方がいいと思ってね。それにやっぱり美女の名前の方が、なんというか、名前としてさまになる気がしてね。イカールには申し訳ないけど、ほとりに生えてる赤い葉の草の名前の由来になってもらうっていうことで満足してもらえれば」

「……」

「っていうことなんだけど」

 僕は三毛猫の頭をわしわしと撫でる。

「どうかな、神様」

 渋い顔でしばらく撫でられるがままになってた神様(仮)は、突然体を起こした。

「……採用にゃ」

「やった!」

「名前を考えろって言っただけで、まさかそこまで考えてくるとは思わなかったにゃ」

「こう見えても、名前を付けるのは得意なんだよ。昔、小学生のときに地元の科学館のマスコットキャラクターの名前募集があってさ、そのときに僕は」

「その話は今はいいにゃ」

 猫はさっと片腕を上げて僕の話を遮る。

「お前の話が耳からこぼれ出そうにゃ。これ以上入らないにゃ」

 猫は自分の三角形の耳をぽふぽふと叩く。

「お前、かなりやばいけど、なかなか大したやつにゃ」

 猫は僕の顔を見上げて、そんなことを言った。

「決めたにゃ。これからもいろいろと、この世界の設定をお前に決めさせてやるにゃ」

「え、ほんとに?」

「神様は嘘つかないにゃ」

 猫は自信満々にそう言うと、

「また来るにゃ」

 と言って、僕の膝からぴょんと飛び降りる。

「とりあえず、あの滝の名前はケシュテの滝にするにゃ。自分の仕事の成果は、自分の目で確かめろにゃ」

 猫はそう言い残して、ぽてぽてとお尻を振りながら、夕暮れの道を歩き去っていったのだった。



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