君に歌を贈らせて

石田空

今日来られなかった君のために

 僕の彼女が入院した。階段から落ちて、複雑骨折したんだ。


「ごめんね、初ライブ見に行けなくなって」

「いやいいって。水羽が無事でよかったぁ……なにをそこまで急いだの?」

「卓のライブ用にうちわつくってて。書いた紙が落ちて取りに行こうとして、こうぐきって」


 彼女は凝り性だから、それでライブ用のうちわつくっているときも、それが災いして他のことが目に付かなかったんだろう。


「単独ライブだからって、そこまで頑張らなくても」

「ううん、卓のライブだもの」


 彼女にはいつも助けてもらってばかりなのに、僕はなにを返せているだろうとシュンとなった。


****


 僕はシンガーソングライターになりたくて、警察に届け出を出して路上ライブをすることになった。路上ライブの許可を出しに行くと、三週間待ちだったことに愕然とする。


「世の中そんなに歌歌い多いんですか?」

「ごめんね、上の今の人、かなり路上ライブ嫌いだから、制限かかってるの」


 そのときに話を聞いてくれた婦警さんはかなり声をひそめて教えてくれた話に、僕はげんなりとした。

 人の歌を「歌を歌うだけで楽して稼げていいな」と思う人間が多いらしい。

 待っている間、ずっと曲をつくり、ギターの練習をする。弾き語りできるようになるまで時間はかかったものの、なんとか様になったところで機嫌がやってきた。

 僕は決められた場所の高架下に行き、歌を歌いはじめる。覚え立てのアコースティックギターをポロンポロン弾きながら、つくった歌を歌う。高架下はなかなか反響していい感じだったのに、皆が皆、よそよそしくってこちらに一瞬だけ視線を向けたあと、すぐに去ってしまう。

 その日もらえたお金は、電子マネーで100円だった。

 最初はこんなもんだろうと思い、次に許可をもらえた日に向かう。

 毎日毎日歌いながらも、足を止めてくれる人はなかなかいなかった中、彼女に出会った。


「ギター上手くなってる!」


 ある日本当に唐突に声をかけられて、僕はびっくりした。

 ときどき一瞬だけ立ち止まっては、すぐに去ってしまう女の子に話しかけられたからだ。その日は寒くて、弦をつま弾く手もかじかんでなかなか歌えない。仕方ないから録音の僕のギターをスマホとコンポで流しながら歌を歌っていたら、こう声をかけられたんだ。


「ありがとうございます……?」

「今日寒いですもんね! お金だけだと寒くてやってられませんから、焼き芋買ってきました! 一緒に食べましょう!」


 そう言われて、焼き芋を差し出された。

 ギターケースに初めてお札が入り、初めて差し入れをされた。僕はなんだか泣きたくなって「ありがとうございます」と言いながら、甘塩っぱい焼き芋を食べたのだった。

 やがて彼女は僕の歌を歌っている日になるとやってきては、お金と一緒に差し入れでなにかを持ってくるようになった。

 喉にいいと噂されている栄養ドリンクとか、寒いから一緒に食べようとコンビニの肉まんとか。一緒に食べながら、いろんな話をするようになった。

 彼女は大学三年生で、今は就活内定もらったばかりだと。早い。広告代理店でSNS運用の仕事をするらしい。

 僕は僕で、専門学校で作曲を習っていたこと、歌を歌いたいから今挑戦していること、そろそろ就活をはじめることを言ったら、彼女が「じゃあ!」と言い出したのだ。


「記念でちゃんと曲を動画サイトにあげましょうよ!」

「えー……今時生成AIの物量作戦に押し流されるのに、曲なんてつくれないけど」

「今はいいかもしれませんけど、そのうちどうなるかはわかりませんよ。それにあなたの歌いいですから!」


 こうして、ふたりで記念動画をつくり、流しはじめた。

 彼女も自分のSNSで宣伝してくれたみたいだけど、僕は無名だし、大したことない人間だ。どうせ飽きられるだろう、そう思っていたのに。


「……あれ、数字おかしい?」


 彼女のフォローしているインフルエンサーがたまたま僕の動画を見つけて宣伝した途端、数字が跳ね上がったのだ。だんだんコメントも賑やかになっていく。


【いい歌ですね】

【ギターのかすれ具合と歌声のかすれ具合がいい案配】


【素人臭さがにじみ出た動画。インフルエンサーに宣伝してもらった癖に調子に乗り過ぎ】

【流行りに乗って調子に乗ってますかあ】


 いいコメントも悪いコメントもたくさんあった。

 僕はどれも残しておこうとしたものの、水羽は「駄目ですよ」ときっぱりと言った。


「プロだったらいざ知らず、素人でその考えは捨てるべきです。割れ窓理論って知ってます? 悪口って一度書いて許されたら、増長して増えるんですよ。逆に書いちゃ駄目って空気になったら書かれません。便所のらくがきにいちいち反応しちゃ駄目です」


 彼女にきっぱりと言われてコメントの整理をしたところで。

 知らないアドレスから連絡が入った。


【うちでデビューしませんか?】


 有名事務所だった。


****


 彼女のおかげで曲をつくって歌い、配信で少しずつ固定客を増やしたところで、彼女と同居するようになっていた。

 広告代理店で働きながらも、彼女は休みの日には僕の動画の面倒を見てくれ、宣伝もしてくれた。僕は僕で、ときどき彼女に「こんな歌詞を書いたんだけど」と彼女のことを歌にするようになった。

 ふたりで少しずつ育んできて、やっと初ライブにまで漕ぎ着けたのに。

 僕はスマホで配信できるようにしながら、ライブに挑んだ。


「今日は、僕を支えてくれた全ての人に、この曲を捧げます」


 歌詞は日頃の感謝を捧げる、家族愛にも友愛にも、そして恋愛にも取れるようなもの。

 全ては水羽のためにつくった歌だった。

 思えば。就職するつもりだった僕を引き留めてくれたのは彼女だし、彼女なしでは、こんな場所に立つことはできなかった。

 次の見舞いの日に、僕は彼女にちゃんとしたものを持って行かないといけない。

 彼女の誕生花の入った花束に、指輪を添えて。


<了>

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君に歌を贈らせて 石田空 @soraisida

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