第四クォーター ファーストステップ

猫宮いたな

第一歩 出会いと本入部の日


学生たちの掛け声が幾つも重なる。キュッキュッとワックスのかかった床と運動シューズがこすれる音。それは不協和音となり反響する。

十数メートル程度の高さの鉄筋組の天井には、いくつかボールが挟まっており、バスケットボール二面分ほどの体育館には、多くの学生が日々汗を流していた。


剣道部に卓球部、バレーボール部とバスケットボール部……。

 朱鷺乃中学校女子バスケットボール部二年、宮崎紗希。

 彼女は夢を叶える為。今日も仲間と共に前に進む。


 *


 二〇一九年四月。新入生が入学し半月ほどが経った。

 目細しい天井のライトが床に強く反射している。


「これから、よろしくお願いします!」


 仮入部期間が終わり、今日は本入部の日。

 今年は一年生が一人だけ。お日様みたいに明るい太陽みたいなオレンジ色の髪のツインテールヘアーのダウナー系少女。

 身長は一年生にしては高い方で、ぱっと見百五十ないぐらい。けれどバスケ部の中だといちばん低い。でもまぁ、私も中一の間で十センチ近く伸びたわけだし、すぐに百五十に届くだろうな。


「うん、これからよろしく長崎レノ。レノって呼んでいい?」


「はい。好きに呼んでください!」


 見た目の気だるさからは感じない天真爛漫な性格。

 人は見た目によらないとは言うけど、見た目以上のギャップがすごい。


 仮入部期間から毎日参加してくれたし、正直この子は入部するだろうと思っていた。他にも何人か毎日来ていたけど……その子たちは入部してくれなかった。少し残念だ。


 でもまあ、今のここの状況を知ったら入る気はないよね。こればっかりは強制もできないし仕方ない事だ。


 逆に言えば、この子はこんな状況でも入ってくれるとは……。

 もしかしたら、中学三年間の部活動をドブに捨てるようなものなのに。


「あれ、もう一年来てる……って一人だけなのか」


「香奈先輩! お疲れ様です!」


「私たちもいるよー」


「部長も水野先輩もお疲れ様です!」


「みんないるねー。じゃあミーティングのじかんだよー」


 部長はパンッと手を叩いて、全員の意識を集めた。自然と視線が部長に集まる。


「ミーティングなんて言っても自己紹介だと思うけどねー? えっとー今日やることはー」


 部長は笑顔を作って言った。ふわふわとどこかマイペースで掴めない笑顔は、ちょっと怖い。去年の出来事もあってか、私の中にはどこか先輩に対して多少の壁が出来ている。


「まずは私だねー。福岡春華だよー。この女子バスケットボール部で部長を務めています。ポジションはセンター。ディフェンスが得意なチームの盾って感じー。よろしくー」


 肩まで伸ばした茶色のショートカットの毛先を巻いている。

 垂れ目とおっとりとした喋り方は、彼女の印象を「ゆるふわ少女」と確立したものにしている。

 しかし、その見た目で騙されてはいけない。彼女のバスケは悪夢そのもの。高い洞察力から相手の行動を予測、最善の選択を取れる。

 予測と言うより、未来が見える。そう言った方が正しいかもしれない。それ程の精度。1on1でなら、彼女に勝てる人間を私は思いつかない。それがプロの選手だとしても……。


「じゃあ、次はー……」


 部長は、もう一人の三年生に目配りをする。


「ウチだね。ウチは水野早芽。ポジションはポイントガード。まぁ簡単に言えばチームのバランスを整える攻守に長けたオールラウンダーって感じかな」


 学園の王子様、水野先輩。長いまつ毛に真っ黒な髪とポニーテール。そのスタイルの良さから男子人気を、その圧倒的な美貌から女子人気を獲得した。

 外見だけでなく性格までもイケメン。気配り上手で視野が広い。困っている人は見逃さないし、見つけたら手を差し伸べる。


 バスケでは攻守に長けて、ディフェンスでもオフェンスでも常に平均以上の活躍する。

 チームのバランスを整える。それが彼女の得意なプレイスタイル。

 王子様と言われている彼女のバスケで「縁の下の力持ち」以外に当てはまる言葉は分からない。


「えっと、私は宮崎紗希。ポジションはスモールフォワード。オフェンスが得意で、香奈と一緒に攻めることが多いかな」


 私は先輩たちの横に立つ彼女に回した。 


「あ、カナの番? カナは熊本香奈。ポジションはシューティングガード。カナがいる限りオフェンスは任せな!」


 胸に手を置いてドンッと胸を張る。……張っても主張しないのはどこか虚しさを感じる。

 ショートヘアーと三つ編み。薄紅色の髪はきめ細やか。日々のケアを欠かすことなくその美しさを日々向上させている。

 自分の可愛さ、実力に圧倒的な誇りを持っていて、そのせいか気が強い。けれど特定の人の前ではぶりっ子の少女。そして、私の幼馴染の相棒。

 チームに勢いをつける切り込み隊長。高いスピードの速攻は彼女の十八番。


 そして、最後。長崎レノの番になったのだが……。


「ボクは長崎レノです。バスケ経験はありませんが運動は得意で大体何でもできます。目標は全国大会です!」


 全員、凍り付いた。確かに全国に行くという目標はいい目標だ。

 けれど、全国に行きたいというのは私達二三年も掲げている目標で、その道が過酷なことも知っている。


「そうか、いい目標だ」


 私達の後ろからもう一人、声が聞こえた。


「千春ちゃん!」


「先生と呼べ」


 千春と呼ばれた彼女は私たちの顧問だ。

 森園千春。担当科目は家庭科、この学校では唯一の二十代の先生で、水野先輩にも劣らない美貌と、生徒想いのその性格から、あらゆる生徒から信頼を獲得し、先生はほぼ常に生徒からの相談を持ち掛けれれている。


 ただ、優しいだけではない。生徒の為に怒ることが出来る先生なのだが、怒り方も怒鳴るだけじゃなくて、生徒のことも考えたうえで諭してくれる。


 去年は確か、不良生徒を改心させて県内トップの超エリート高校に進学させたとかいう伝説も残している。真偽は分からないけれども。

 この先生は口調の強さ以外の弱点を知らない。というより口調が千春ちゃんの他の弱点を覆い隠しているようにも見える。


「みんな知ってると思うが顧問の森園だ、森園千春。私はみんなの部活動をより良いものにするための手伝いしか行わないと思っていた方がいい。最低限の事しかしない。期待なんてするな」


 低音のクールボイスとその話し方は、女王様。王子様と呼ばれている水野先輩とは対極の存在のようにも感じる。けれど、その中身はギャップしかない先生だ。


 期待なんてするななんて言っているけど、実際は期待しなくてもやることはやる。期待なんてしている暇があるなら自分の事をしていなさい。って意味だ。


「長崎レノは全国出場を目標に掲げた。お前らと同じだな。高い目標を掲げた以上お前らは部活を楽しいだけのものになると思わないことだな」


 レノは少しばかりショックを受けていたようだが、私達は苦笑いをするしかなかった。

 先生は、必死に努力して強くならないと全国に行けない。だから頑張れと激励してくれているのだから。


「特に、二、三年には全国大会に出場だけがゴールではないんだ。気合を入れていけ」


***


 レノが入学するより少し前の事。それは春休みの日の事だった。

 部活動中の私たちの前で教頭先生と千春先生は頭を下げた。それは、とても深く重い大人としての私たちに向けられた最低限の礼儀だった。


「大変心苦しい話なんだが、今年で、その……この女子バスケットボール部を活動休止にしようと考えている……」


 唐突に告げられたその言葉に、私含め部員は誰一人として驚くことはなかった。


『朱鷺乃中学校校則第三条 運動部は公式大会に出場できる人数、文化部は五人以上の部員を確保できない場合活動停止とし、部員が卒業した後、廃部とする』


 今、この女子バスケットボール部の部員は四人。新入生が入部しなかった時点で大会に出場はできなくなり、ゲームオーバー。


 新入生が入部したとしても、私たちが三年になった時、その先どうなるかはわからない。それを知っていたから、驚きはなかった。あったのは悔しさだった。

 きっと、上手くやっていけていればこんなことにならなかったのだから。


「そんなことはさせない」


 独り言のつもりがつい、言葉が出てしまった。心の中に閉まっておこうと思っていた言葉がついこぼれてしまった。


 教頭は言った。「活動休止にしようと考えている」と。

 つまりまだ確定じゃない。来週から入学してくる一年生が一人でも入部すれば活動休止にはならない。


 このまま、何もできないのは嫌だ。私は最後の最後までできることをできるだけ足掻いていたい。


 所詮、中学生の部活動。そんなもの無くなったところで私たちの人生に大きな影響を与えるわけでもない。それに高校でもできない訳じゃない。ここで私は私のバスケをまだできていない。ここまま終わる事なんて、私自身が許せなかった。


 先輩二人ははっきり言って超強い。来年、先輩たちが卒業したとき、最高のバスケができるかと言われればできるはずがない。

 だからこそ、今できる一瞬を私は大切にしたい。


「……何か考えはあるのか? 宮崎紗希」


 千春先生が口を開いた。よく見れば、先生の頬は緩んでいるように見える。きっと誰かが声を出すのを信じていたんだ。


「私たちで全国行きます」


 私の放った言葉に、他の四人はざわつき始める。 


 地区予選ベスト4、県大会ベスト8。これが去年の私たちの戦績。

 絶対に無理とは言い切れない。でも、その壁は頂上が見えないほど高い。


「簡単な話、全国行った部活をそう簡単に廃部になんてできませんよね?」


「いいとこ突いてくるなぁ……、確かに難しい話だよ。本当に……」


「そんな簡単じゃない。それは知っていることだろう? 宮崎、特に君は」


 半端な夢を追わせるのは酷。それは千春先生がいつも口癖のように話すことだ。


「確かに、今の私たちには不可能に近いです。でも、不可能に近いだけで、不可能じゃない。そうですよね?」


「でも――「ほかのみんなの意見を聞かせてほしい」


 教頭先生の話に割り込んで千春先生は声を上げ、全員の目を、真っ直ぐ見つめる。


「私たちは一年の頃から全国に行きたい。そう話してましたー。だから、みんなが全国に行きたいというのなら、三年生として全力で引っ張っていきますよー」


「ウチも同意見です」


 三年生の二人は、そう答えた。


「熊本さんはどう?」


「カナは最初から全国しか見てないです。ケツに火が付いただけ。なんも問題ないですよ」


「なら、先生はみんなを応援するし、その責任はとる。みんなで全国行く。約束しろよ?」


「はい!」



 そんなことから、私達の目標は全国出場に決まった。

 千春先生も無理だとは思っていない。だからこそ認めてくれた。


「全員の目標が決まったことだ、みんなに紹介したい人がいる」


 千春先生が体育館の扉を開けて誰か呼んだ。

 コツンコツンと足音を立てて、ヨボヨボと歩いてくるのは、老人。


「あー、及川轍。今日からここの監督としてやっていくことになりました。よろしくお願いします」


「え、この人が監督ですか?」


 レノがボソッと言った。どうせ千春先生には聞こえない。なんて思っていたのだろう。

 でも、確かに正直この人は本当にバスケの指導なんかできるのだろうか。そう思ってしまう。曲がった背中に痩せこけた頬。しわだらけの手に……。


 上げ始めたらキリがないぐらいに老いている。八十代なんて言われてもおかしくない見た目だ。


「この先生は、御年八十五歳の大ベテランだ。指導力は本当に高いそこは保証しよう」


 なぜか千春先生は自慢げに話す。千春先生が自慢するような話ではなくないか? 

 どちらかと言えば、この監督さんが自慢するような話な気もするが……。


「私は高校生の時に監督の指導の元一度、全国制覇を果たしている」


 全員が声を荒げた。千春先生がバスケをやっていたことは知っていたが、まさか全国制覇していたとは……。


「千春は、エースとして大活躍だったよね」


 また、全員声を上げた。全国優勝したチームのエース。聞いただけでもわかる。

 千春先生、化け物だ……。


「で、話戻すけど、今日から練習始めるってことでいいんだよな?」


 いきなり、監督の声色が変わった。声のトーンが下がり、ピリつくような圧を感じる。開いているかもわからない細目から覗く眼光は鋭い。


 蛇に睨まれた蛙のように、私たちは動けなくなった。


「えぇ監督の好きなようにやってもらって構いません」


「そうか……。なら、千春。お前こいつら全員と試合しろ。五対一で」


 ——はい?


 千春先生含め全員の時が止まった。この監督が来てから、想像もしていないことの連続だ。


「監督、私もう五年以上バスケやってませんよ?」


 珍しく、千春先生の口調も年相応のものになってる。それだけ驚いているのか。


「何にもできない訳じゃないだろ? 俺が見たいのは他のやつらの動きだ。お前は適当にやっとけ」


「……はい」


 千春先生はスーツの上着を脱いで、ワイシャツの袖をまくった。

 その姿は教師と言うより、教育実習生とかそんな感じだ。元々若い先生にこういうのはどうかと思うが、若返った? そう言い表すのが正しい雰囲気。


「やってやりますよ。さぁ、みんなかかってきな……やるからには殺す気できな」


 殺す気なんて、教師が言うべき言葉ではないと思うけど、今の千春先生は教師じゃなくて、敵だ。全国に行くなら千春先生一人ぐらいやれないとね。


 勝負は二回。先生からボールを奪うディフェンスと、先生から点を取るオフェンス。

 その勝負次第で監督は練習メニューを考えると。


「ボク、何でこんな後ろのほうなんですか? 前の方がいいんですけど……」


 レノはわがままを言っているが、しょうがないことなんだ。人数的にもレノにはそのポジションに入ってもらう必要があるんだから。

 まあ、レノの実力次第で変わるのもありかな……。


「今度私と1on1に勝てたらポジション変わってあげる」


 そういうと、レノはキラキラと目を輝かせて約束ですよ! と元の位置に戻った。

 変わると言っても、私に勝てたらの話なわけで、そう簡単な話じゃないと思うが。


 今は目の前の敵に集中しよう。なんせ少年マンガでよく見るオーラのようなものが千春先生から溢れているのが確かに見えているのだから。

 フィクションなんかじゃない、本当に見えるなんてあるんだ……。


「……いくよ」

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