クイックマッサージ店での決戦

@lake2017

(単話:読み切り)

 あたしはクイックマッサージ店のセラピスト。この業界内の誰も知らないけど、実は東洋4000年の歴史を持つ「癒やしの技」を受け継ぐもの。あたしのマッサージでどうにもならなかった肩こりは今まで出会ったことがない。……歳はいくつだって?レディにそんな無粋なことを聞くんじゃない。

 今日もあたしはいつものように働いていた。お客さんは老若男女を問わず、みんな満足して帰って行く。みんなが残していく「ありがとう」のひと言があたしのやる気を奮い立たせる。そんなある日の午後だった。あの男が現れたのは。

 そいつは眼鏡をかけ、腹だけ妙に出た年齢のわからない男だった。表情は柔和だが、ただならぬオーラをあたしは感じた。

 ——何者?

 あたしの頭の中に警戒ランプが点滅し始めた。こいつはただ者ではない。そいつは受付で会員カードを差し出し前払い会計をしていた。その時、あたしはそいつの名前を偶然見てしまった。

 ——(作者:匿名希望)?あの(作者:匿名希望)だと?!

 あたしの流派で「伝説の肩こり」を持つ男として有名な名だった。「千年に一度の肩こり」だと……。一瞬おびえのような感情が走ったが、頭から振り払った。

「○○さん、担当をおねがいします」

 あたしの名がコールされた。あたしは戦場へと赴くことになった。


第1ラウンド


「よろしくおねがいしまーす」

 施術台から、そいつはちょっとくぐもった聞き取りにくい声で挨拶してきた。仮にも客だ。あたしは普通の客なら満足する基本的な技を繰り出した。


「指圧・基本ほぐし〈しあつ・きほんほぐし〉!」


 普通の客であればこれで一撃のはずだった。でも、そいつの肩はまるで鋼鉄で出来ているかのようだったのだ。あたしの右手親指は微妙にしびれていたが、そいつは何のダメージも受けず平然としている。

「うーん、全然効いてませんねぇ」


第2ラウンド


 ——まだ小手調べだ……。

 あたしは自分を鼓舞した。どんな難敵でも弱点がないなんてことはない。あたしは静かに相手を観察した。見かけはなんということはない、ただの中年男だ。恐れることはない。ただ、あたしは見逃さなかった。そいつからどす黒いオーラが立ち上がってくるのを。

 ——普通は使わないが、やってみるか?

 あたしは、その技を使うことにした。過去に見た肩こりの95%はこれで解決したのだ。あたしは勝利を確信していた。


「経絡押圧法・調気〈けいらくおうあつほう・ちょうき〉!」


 これは東洋医学の「経絡」に沿って気の流れを整える技、押圧するたびに相手の体から邪気が抜けていくはずだったが……。

 ——ブラックホールのようにエネルギーを吸い込んでいる?

 その肩は依然として鋼鉄のように固く、難攻不落の要塞のようだった。


第3ラウンド


 まともな方法では太刀打ちできないのは明らかだった。だから、作戦を少し変える必要があるとあたしは思った。

 ——肩甲骨に問題がある?

 それは一瞬のひらめきだった。でも、試してみる価値はある。ただ、普通の客には刺激が強すぎる領域に入っていた。本当にやるのか……。

 ——やるしかない!

 あたしはその技に賭けることにした。


「肩甲骨サルベージ〈けんこうこつサルベージ〉!」


 これは肩甲骨の可動域を強制的に取り戻す、セラピスト界の奥義だ。普通はバキバキと音を立てて、肩甲骨が解放されるはずだった。が、何かがあたしの手を弾いた。

 ——肩甲骨が固まってびくともしない?!

 予想外の状況にパニックに陥りかけたが、頭を振って体勢を立て直した。ふと見ると、そいつは平然と眠っていた。


第4ラウンド


 あたしは窮地に立たされていた。セラピストの世界では無敵と呼ばれていたあたしにとっては考えられない状況だった。ここで腹をくくるしかなかった。普通の人間には耐えられないかもしれないあの技を使うことにした。仕方がなかったのだ。


「天竺六道・癒法破〈てんじくろくどう・ゆほうは〉!」


 これは古代インドに伝わる幻のマッサージ術だ。六つの経路(六道)を同時にほぐし、肉体・精神・過去・未来のコリまで矯正する。普通の人間なら一瞬で脱力して寝落ちするレベルの技だった。だが、指は目標にギリギリで届かず、跳ね返されてしまった。

 ——この技が効かないなんてありえない。

 あたしはどうやら深淵を覗いていたようだ。


最終ラウンド


 あたしは最後の決断を迫られていた。想像を遥かに超えたありえない相手なのだ。もう人間の域を超えたあれを使うしかない。意を決してそのの技を炸裂させた。


「真秘儀・経絡乱流滅殺式〈しんひぎ・けいらくらんりゅうめっさつしき〉!」


 これはセラピストの間でも「使ってはいけない」と恐れられる最終奥義だった。全身の経絡を同時に逆流させ、滞留した気を一気に破砕する技だ。放てば施術者も数日寝込むほどの負荷がかかるのだ。施術台のそばにあった観葉植物の鉢がエネルギーの圧で吹っ飛んでいった。そして、あたしの体も宙に舞った……。


……


エピローグ


「肩がちょっと軽くなったよ」

 あたしが目を覚ましたとき、そいつはそんなことを言っていた。あの難攻不落の肩に一矢報いることが出来たらしい。


「辛勝」


そんな言葉が頭に浮かんだ。でも勝利には違いない。……「伝説の肩こり」に勝ったんだ。あたしは受付に挨拶しながらいそいそと帰って行く(作者:匿名希望)を床から見送った。

(完)

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