第3話
翌朝。
「広末は今日も休みか」
脇元は教室を見渡して顔をしかめた。
「玉木と安岡もいないのか?」
出席簿を見詰める彼の眉間に、小さな皺が寄っている。
教室の雰囲気も微妙に変わっていた。昨日まで準備に熱中していた生徒たちが、今朝はどこか落ち着かない様子で席に着いている。
「玉木くん、昨日何か言ってなかった?」
朝倉が近くの男子生徒に小声で尋ねた。
玉木は彼女と同じクラス委員で、お化け屋敷の大道具制作を担当していた。
「なんにも、普通だったよ。『明日は木材で棺桶作るぞ』って張り切ってたのに」
玉木はホームセンターでいらなくなった木枠を貰って来ていたのに。
脇元は再び教室後方の棚を見て、思わず息を呑んだ。昨日と同じ姿のぬいぐるみが三体、行儀よく横並びに座っていた。
生徒たちの間にざわめきが走った。昨日まで「かわいい」と言っていた女子生徒たちも、今は不安そうにぬいぐるみを見つめている。
「先生、これって」
一番後ろに座っている女子生徒が口を開きかけたが、脇元はそれを遮った。
「後でいい。今はいつも通りやっていれば良いから」
彼は自分自身を説得するようにそう言った。
生徒たちは戸惑いながらも作業を再開したが、昨日までの活気は失われていた。朝倉が戸惑った表情で、模造紙を広げて見取り図を確認していた。
「玉木がいないと、棺桶作れないよ」
男子生徒の一人がぼそりと呟いた。
玉木はいつも「学園祭は文化部の本気を見せる場だ」と豪語していた。彼のプロ並みの工具と知識がないと、この企画の根幹が崩れてしまう。彼は夏休み中から、お化け屋敷のために材料を調べたり、工具を準備したりしていた。
「絶対にお客さんを驚かせるぞ」という彼の熱意が、クラス全体のモチベーションを支えていたのだ。
「安岡くんも音響係だったのに......」
女子生徒も不安そうに呟く。安岡は軽音楽部に所属していて、お化け屋敷の効果音やBGMを担当する予定だった。
「ここでドキッとする音を入れて、ここで怖い音楽を流そう」と、昨日まで楽しそうに計画を練っていたのに。
昨日、安岡は「うちの軽音部の機材を借りて、立体音響で恐怖を倍増させる」と、目を輝かせて語っていた。彼の技術があれば、単なるお化け屋敷で終わらなかったはずだ。
朝倉は必死に明るい声を出そうとした。
「連絡来てないんでしょ。なら、今考えても仕方ないよ」
脇元は職員室に戻ると、欠席者の家庭に電話をかけることにした。
まず広末の家から。
「翔太君の件でお電話いたしました」
「ああ、先生。申し訳ございません。昨夜から体調が......」
「どのような症状でしょうか?」
「それが部屋にいるはずなんですが、呼んでも返事がなくて。ドアの前で声をかけても、まるで誰もいないみたいに静かなんです」
母親の困惑した声が、受話器から聞こえてきた。息子の存在を確信できずにいる。
玉木の家に電話をしても、状況は似たようなもの。母親の声には、息子への心配と困惑が入り混じっていた。
「あんなに学園祭を楽しみにしていたのに」という言葉が、脇元の心に響いた。
安岡の家でも、同じような話だった。三人とも、家族によれば昨夜は学園祭への期待に胸を膨らませていたというのに、今朝になって突然連絡が取れなくなった。
脇元は受話器を置いて、固く唇をかみしめた。
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